(3)
伝説の万能治療薬であるエリクサーは、ありとあらゆる病を治療することができると言われている。つまり、神聖力の不足も補えるはずなのだ。
──エリクサー。
聖女候補だった私が作って見せろと国王陛下から無理難題を押しつけられて、この姿になる切っ掛けになった因縁の薬だ。一週間必死に考えたけれど、作ることはできなかった。
(何かが足りないのよね……)
あのとき、私はエリクサーを作れと言われ、自分の持つ全ての知識を総動員してその調合を考えた。
何かが足りないとずっと感じていたのだけれど今日のザグリーンの話を聞いてもう一度考え、ようやくわかった。エリクサーであるならば、神聖力を補える成分を入れなければならないのだ。
(でも、神聖力を補える成分って一体何?)
考えても思いつかない。そもそも、そんなに簡単に思いついていたらあのときだってエリクサーを作れていたはずだ。
(そうだ。ザグリーンだったら知っているかも!)
ザグリーンは神聖力のことに詳しいので、聞いてみる価値はある。
家に着くと、私は早速ザグリーンにそのことを聞いた。
「ねえ、リーン。ちょっと聞いていい?」
「なんだ?」
「今日、リーンは『通常の回復薬では無理だ』って言っていたけれど、裏を返せばブルノ様の症状を治す薬も存在するってことよね? 神聖力を付与できるような薬草ってあるの? そのっ、ブルノ様を助けたいと思って」
私が必死で訴えると、ザグリーンは暫く考えるように黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「アメイリの森に、世界樹があるのは知っているか?」
「世界樹……?」
私は首を横に振る。世界樹なんて、一度も聞いたことがなかった。
「この世界の神聖力の源と言われている樹だよ。精霊神の化身とも言われ、アメイリの森にあると言い伝わっているが、その樹を見たことがある者は誰もいない」
いつの間に部屋に来たのか、イラリオさんがそう補足した。ホットミルクを作ってくれたようで、マグカップをふたつテーブルに置く。
「あれは伝説だと思っていたんだが、本当にあるのか?」
イラリオさんはザグリーンに尋ねる。
「無論だ」
リーンは頷いた。
「世界樹はアメイリの森のとある場所にある。〝とある場所〟というのは、場所が決まっていないからだ」
「場所が決まっていない?」
私とイラリオさんはほぼ同時に聞き返す。樹の場所が決まっていないって、どういうこと?
「世界樹はアメイリの森にある。しかし、辿り着けるのは世界樹自身が認めた者のみだ。そして、世界樹はそれを守護する役目を負った聖獣に守られている」
「ふうん……」
つまり、世界樹が認めなければ何年探し続けてもその樹の元に辿り着くことはできないということだろうか。〝世界樹〟というのはこの世界の神聖力の源になるようなすごい樹で、そこには普通近づくことすらできないってことなんだね。
「でも、お薬を作るにはその世界樹の葉っぱを採って入れなければならないんだよね?」
話の流れからすると絶対にそうだと思った。私がザグリーンに尋ねると、ザグリーンは首を横に振る。
「違う。葉ではなく実だ。世界樹そのものは先ほども言った通り滅多なことでは近づけない。しかし、世界樹の実であればリス型の聖獣が好んで食べることがある。その聖獣達が運んできたものが時々落ちている」
なるほど! じゃあ、世界樹の実であれば見つけることができる可能性もあるってことだね。
「わかったわ。私、明日探しに行ってくる」
私はトンッと胸に手を当てて、そう言った。それさえ探し出せれば、ブルノ大司教を助けることができるかもしれないのだ。
「しかし、アメイリの森か。最近、急に魔獣が多くなったから心配だな。俺も行くか……」
イラリオさんが悩むように腕を組む。
「最近ではない。昔から、結界が弱くなると魔獣は増えた」
ザグリーンがイラリオさんに言う。
「どういうことだ?」
「我ら聖獣は、アメイリの森に漂う神聖力を糧に生きている。結界が弱くなると瘴気が交じり、魔獣と化すのだ」
「えっ! それってつまり、魔獣と聖獣は同じものだってことか?」
イラリオさんが驚いたように目を見開く。