■ 第8章 幼女薬師、万能治療薬エリクサーを作る
それは、いつものようにアルマ薬店の手伝いをしているときだった。
お客さんも少ないのでカミラさんと薬棚の在庫整理をしていると、血相を変えたスティムさんが駆け込んできた。スティムさんはセローナ大聖堂に勤める司教のひとりだ。
走ってきたのか、スティムさんは息を切らせており、栗色のくせ毛の合間から見える額には汗が光っている。
「カミラさん、エリー。大変だ! 今すぐに一番効く回復薬を」
いつになく緊迫した様子に、私もカミラさんもすぐに只事ではないと感じ取った。
「そんなに慌てて、一体何があったんだい?」
カミラさんは薬棚を整理していた手を止めて、スティムさんのほうへと歩み寄る。
「今日の午前中、大聖堂で──」
スティムさんは答えながら、息を切らせる。
「礼拝中だった大司教のブルノ様が倒れたんだ!」
「何だって?」
「何ですって!」
思いがけない知らせに、私とカミラさんは目を見開き、同時に叫ぶ。
「どんな様子なんですか?」
私は思わずスティムさんに詰め寄る。
「すぐに併設されている医療院に運ばれて、医師の診察を受けた。ただ──」
スティムさんはそこで口ごもり、眉根を寄せた。
(きっと、すごく調子が悪いんだわ)
正確な容態は言っていないけれど、スティムさんの様子からそうであることは容易に想像できた。
セローナ大聖堂には、三日ほど前にお薬の納品で訪れた。そのときは、いつもの変わらず元気だったのに。ただ、相変わらず疲れているような様子はあった気がする。
「エリー。店にある回復薬を」
「はい!」
カミラさんに指示されて、私は慌てて薬棚をざっと見回す。回復薬は上から三段目の棚の一番端に置いてあった。
「これ、どうぞ」
私は薬をスティムさんに手渡す。
「ありがとう。これで回復してくれるといいのだけれど」
スティムさんは小さく呟くと、急ぎ足で大聖堂へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りつつも、私はいても立ってもいられなくなった。
「カミラさん。私、少しブルノ様の様子を見に行ってもいい?」
「もちろんだよ。心配だものね。店のほうは私が見ておくから、エリーちゃんは先に行っておいで。エリーの可愛い顔を見たらブルノ様も少しは元気になるかもしれないよ」
「うん、ありがとう!」
私はお礼を言うと、早速セローナ大聖堂へと向かうことにした。
セローナ大聖堂までは歩いて五分ほどだけれど、今日はとても遠く感じる。早足で歩いている最中も、心配で心配でたまらなかった。
「ねえ、イリス。ブルノ様は大丈夫かな」
「それは実際に見てみないとわからないにゃ。早く行くにゃ」
隣を歩くイリスがにわかにスピードを上げ、私のほうを振り返る。私はイリスについてゆくように、足を速めた。
セローナ大聖堂にもうすぐ到着するとき、私は大聖堂の正面に見覚えのある人影を見つける。
「あれ、レオとリーンじゃない?」
それは、イラリオさんとザグリーンに見えた。特にザグリーンのほうは背中に翼の生えたとても珍しい姿をしているので、見間違いようがない。
「レオ! リーン!」
私はイラリオさん達のほうに駆け寄りながら、大きな声で叫ぶ。イラリオさんはすぐに私の声に気付いて、こちらを振り向いた。
「エリー! どうしたんだ?」
私がここにいるとは思っていなかったようで、イラリオさんは驚いた様子だ。
「ブルノ様の体調がよくないって聞いて……。もしかして、レオもそれで?」
「ああ」
イラリオさんは険しい表情で頷く。
「俺も通信機経由で状況を聞いただけなんだが……。とにかく、行こう」
「うん」
イラリオさんに促されて、私はブルノ大司教の元へと向かった。




