(6)
◆ ◆ ◆
リビングで本を読んでいると、風に乗って雨の匂いがした。外を見ると、いつの間にか小雨が降り始めている。
「雨か」
この季節は天候が変わりやすい。さっきまで晴れていたはずなのに。
遙か向こうに真っ黒な雨雲と白いもやが見えるので、じきに本降りになるだろう。
窓際に立ちぼんやりと外を眺める。水玉模様を作っていた地面はあっという間に一色に染まり、代わりに水たまりの水面が忙しなく揺れている。
(間一髪だったな。間に合ってよかった)
俺はホッと息を吐く。
団員達の努力の結果、エリーが発見した土砂崩れの処理が完全に終了したのは二日ほど前のこと。
もしもあの土砂崩れに気付かずに今日の雨を迎えていたら、あの自然のダムが決壊して大惨事になっていたかもしれない。
俺はあの現場の処理が終了後、部下達に命じて川の周囲の見回りも行った。崩れそうな場所は魔法による地盤強化をしたので、少なくともしばらくは同じような事故は起こらないはずだ。
「レオ、何見ているの?」
雨にもかかわらず俺が窓を開けて外を眺めていることに気付いたアリエッタが、窓際に寄ってくる。同じように外を眺めるが、特に何も珍しいものはないので不思議そうに俺を見上げた。
「エリーがあの土砂崩れを教えてくれて助かったよ。あのままにしていたら、今日の雨で決壊していたかもしれない。ありがとうな」
「え? うん」
頭を撫でてやると、エリーは嬉しそうにはにかむ。そして、窓の外に目を向けた。
「明日は川の水が増えているかもね」
「ああ、そうだな」
そのとき、外から[エリー!]という呼び声が聞こえ、光るものが飛んでくるのが見えた。光はどんどん近づいてきて、あっという間にエリーの胸の辺りに来た。
「わわっ!」
「エリー、大丈夫か!?」
突然のことに俺もエリーも驚いたが、ぶつかってはいないようでエリーに怪我はなさそうだ。光るものはエリーの手前でぴたりと止まっていた。
よく見ると、光の中に小さな精霊がふわりふわりと浮いている。
「あれっ? サンじゃない? サンでしょ?」
[エリー、レオ、こんにちは! 雨が降っていたからここまで遊びに来ちゃった]
「わー、久しぶりだね。元気だった?」
それは、土砂崩れの処理の現場にいた水の精霊だった。エリーに土砂崩れのことを教えた精霊で、名前は〝サン〟というらしい。
[元気よー。だって、エリーとレオが水を元の状態に戻してくれたじゃない]
サンは嬉しそうにそう言うと、くるくるとその場で回転する。ガーネとベラもそうだが、精霊は機嫌がいいとその場でくるくると回転する性質があるようだ。
アリエッタはあの日以来、すっかりと水の聖霊であるサンと仲良しになった様子だ。サンは時折、ふらりとアリエッタのところに遊びに来るようになった。
(エリーは不思議な子だよな)
サンと楽しそうにお喋りしているアリエッタを見ると、しみじみとそう感じる。
風の精霊であるガーネとベラと友達である時点で相当驚いたが、水の精霊まで次々と友達になるとは。魔法を使える人間は得意な属性の精霊に好かれやすいと言われている(もしくは、精霊から好かれているからその属性の魔法が使えるというべきかもしれないが)。しかし、エリーは俺が知る限り魔法を使えない。
それなのにこんなにも精霊に好かれるのは、どうしてなのだろう。知っている限りで、風・光・そして今回の水の三種類の聖霊から加護を得ている。神聖力がとても強いので、その影響なのだろうか。
そして、俺も元々あった土と火の精霊の加護に加えて、サンから水の聖霊の加護を貰った。お陰で、あれ程おっくうだった洗濯も大助かりだ。
[あー、サン。久しぶり!]
いつの間にガーネとベラまで遊びに来て、家の中がにわかに賑やかになる。
「ねー、イリス。みんなでかくれんぼしよう」
「いやにゃん。寝るにゃ」
「だめー。やるの!」
アリエッタはイリスを食器棚から下ろそうとしたが、その前にイリスは忽然と姿を消す。きっと、転移でどっかに逃げたのだろう。
「あー、逃げた!」
[イリスを探そうー]
[探そう、探そうー]
精霊達がきゃっきゃとはしゃぐ。部屋の片隅に寝そべるザグリーンはうるさくて敵わないと言いたげに、片目を開けて様子を窺っていた。
(エリーが来てからというもの、本当に賑やかだな)
少し前には考えられなかった生活だが、こんな暮らしも悪くない。
笑顔を振りまきながら遊ぶ精霊達エリー達の様子を見守りながら、俺は口元を緩めたのだった。
次章、いよいよエリーがあれを作ります
引き続きよろしくお願いします!