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(5)

 時間にすると十分程度だろうか。

 勢いよく走っていたザグリーンが切り立った崖の上に上り、立ち止まる。


[ほら、水がせき止められているでしょ? あれのせいで水が濁っているの]


 サンが悲しげに呟く。

一方の私は、そこから見下ろした景色に息を呑んだ。


「これって……」


 崖の上からは、眼下に川が見えた。先ほどサンと出会った、あの川だ。そして、その川を塞ぐように木や土砂が積み重なっている。川沿いの山肌が茶色になっているので、あそこが崩れ落ちたのだろう。


(間違いない。土砂崩れだわ)


 すぐに、ずっと続いていた大雨の影響で山肌が崩れ落ちたのだろうと予想がついた。その土砂の下流側は水が少なく、上流側は湖のように水が溜まっている。その溜まった水は、今にもあふれ出しそうなほどになっていた。


[あの土砂をどければいいのかな? じゃあ、土の精霊を探して、あの土をどけてって頼めば簡単だよ]


 ガーネが名案だと言いたげに人差し指を上げる。


「だめよ。急に土をどけたら、水が大量に下流に流れちゃう!」


 私は咄嗟にガーネを止める。そんなことになったら、下流で大きな被害が起きてしまうかもしれない。


[じゃあ、どうするの?]

「うーんと……。私達じゃどうにもできないから、レオ達に相談しよう。早くしないと、色々と危ないよ」


 これは悠長にしている場合ではない。一定量の水を流す水路を確保しつつ、慎重に土砂を除去しなければならない。このまま放っておけば、下流に水が流れてこなくなる可能性や、逆に土砂が決壊して洪水になる可能性もある。


「リーン。レオのところに連れて行って」


 私はザグリーンの方を振り返る。


「ああ、わかった。しっかりと掴まれ」


 リーンは私に、首に掴まるようにと促す。

 今度は風を切る感じはなく、ふわりとした浮遊感を感じた。


「着いたぞ」

「え?」


 あまりに早い到着に、私は周囲をきょろきょろと見渡す。


(これって、転移!? すごい!)


 今さっきまで崖の上にいたはずなのに、私は見覚えのある場所にいた。魔法騎士団の事務所に併設された、訓練場の前だ。

 ちょうど団員の皆さんが訓練中だったようで、訓練場には何人もの騎士がいた。


「あれ? エリー、随分早かったな。楽しかったか?」


 私に気付いたレオが、笑顔でこちらに歩み寄ってくる。


「レオ! 大変なの!」

「大変って何が?」


 イラリオさんは突然のことに、呆気にとられたような顔をする。


「川がせき止められていて、このままだと大変なことになっちゃう」

「何? 川が?」


 イラリオさんの表情が、瞬時に険しいものへと変わった。私は今さっき見た状況を必死で説明する。


「話はわかった」


 イラリオさんは固い表情で頷くと、すぐに部下達への指示を出し始めた。


◆ ◆ ◆


 アリエッタが焦った様子で俺を呼びにきたのはちょうど昼過ぎの訓練をしているときだった。ザグリーンの背中に乗ったアリエッタは、いつになく真剣な様子だ。


「イラリオさん! 大変なの!」

「大変って何が?」

「川がせき止められていて、このままだと大変なことになっちゃう」

「何? 川が?」


 すぐには何を言っているのか理解できなかった。

 よくよくアリエッタの話を聞くと、散歩をしていたらたまたま水の精霊に出会い、川がせき止められているのを教えられたという。その規模感がアリエッタの話からではいまいち掴めないが、もしも決壊すれば災害になりかねない。


「エリー、そこに案内できるか?」

「案内? えっと……」


 アリエッタが口ごもる。すると、今度はザグリーンが前に出てきた。


「我が案内できる。付いてこい。かなり大規模な土砂崩れだったから、土の精霊の加護を持つ騎士を何人か連れて行ったほうがいい」

「わかった」


 聖騎士団の中には、精霊の加護を受け魔法を使える騎士がいる。精霊には火・水・風・土・光の五つの属性があり、そのどれの加護を受けているかによって使える魔法は違う。今回のような土砂崩れでは土の精霊の加護を持つ団員がいると、対処がしやすい。後は、水だ。


 俺はすぐにロベルトを呼んで土と水の精霊の加護を持つ団員を集める。準備を整えると、ザグリーンに案内されて問題の場所へと向かった。


「これは……、思った以上にひどいな」


 ザグリーンに連れられて辿り着いたのは、セローナの住宅地からは川を十キロほど遡った場所だった。

 幅三十メートル程ある川を土砂が完全に塞いでいる。土砂には大きな木の幹や岩も混じっていたので、すぐ横の山肌が崩れ落ちたのだと予想がついた。

 更に、上流側には流れてきた水がダムのように溜まっており、一歩間違えば大量の土石流が市街地に流れ込む危険もある。


「少し作戦を練りましょう」


 横でその光景を眺めるロベルトが俺に進言する。


「ああ。俺もその意見に同意だ。下手に触ると大惨事だな」


 ザグリーンの言う通り、土の精霊の加護を持つ団員をたくさん連れてきてよかった。人力だけで対応するのは無理だ。

ロベルトと相談し、これ以上土砂が崩れないように魔法で一旦土を固めて、水の流れを確保しつつ数日に分けて少しずつ取り除くことにする。


「水が思う通りに流れてくれるといいが……」


 結局、その土砂崩れの処理には丸々一週間かかった。



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