(3)
(何かあったときのために、ここに木があるって覚えておこっと)
チェキーナに住んでいたときは薬草集めから調合、販売まで全て自分でやっていたため、どこに行けば何の材料が手に入るのか完璧に頭に入っていた。
けれど、セローナに来てからはアルマ薬店に入荷された薬草を調合することしかしないので、自分で薬草を集めることはない。だから、この辺りのどこに行けば何があるのか殆ど知らないのだ。
[見て! これも薬草でしょ?]
[こっちにもあるよー]
チェキーナにいたときもよく薬草探しの手伝いをしてくれたガーネとベラはここでも大活躍してくれた。次々に薬草を見つけては、教えてくれる。
「あっ、本当だ。明日、カミラさんにもここの場所を教えてあげよ」
その後も歩いているといくつか見覚えのある植物を見つけた。思った以上にセローナは薬草の宝庫なのかもしれない。
夢中になって薬草採りをしながらお散歩していると、時間が経つのはあっという間だ。
「そろそろ休憩しようかな」
多分、もう二時間近く歩いている気がする。段々と足も疲れてきた。
どこかで休憩しようかと辺りを見回していると「あっちによさそうな場所があるにゃ」とイリスが声をかけてくれた。イリスが案内してくれたのは、大きな木の根元だ。
いい具合の木陰になっていたので、持ってきた敷物を敷いて腰を下ろす。
リュックを下ろすと、中からお弁当を取り出した。今朝作ったサンドイッチだ。
「美味しいー」
がぶりと齧り付いた私は、その美味しさに頬に片手を当てる。美味しそうなハムを見つけて昨日買っておいたのだけれど、大正解だった。
[美味しいの?]
ガーネが興味深げにサンドイッチを眺めるので、端っこを千切って分けてあげた。
[本当だ。美味しいー]
嬉しそうに食べているのを見ると、こっちまで嬉しくなる。
(イラリオさんも今頃食べているかな?)
今日は自分のお弁当を作るついでにイラリオさんにもお弁当を作ってあげた。気に入ってくれるといいのだけど。
そのとき、どこからかちょろちょろと音が聞こえてくるのに気付いた。
(これは水音? そういえば、遊歩道は川沿いにあるって言っていたっけ?)
背の高い木が至るところに生えているせいで、ここからは川が見えなかった。けれど、音がするのだからすぐ近くを水が流れているのだろう。
「ちょっと見に行ってみようかな」
食事を終えた私は、すっくと立ち上がる。
「我が一緒に行こう」
敷物の端に寝そべっていたザグリーンも立ち上がった。
私達は水音がする方向へとぞろぞろと歩いてゆく。ザグリーンが先を歩いて背の高い草を掻き分けてくれた。
「あ、あれかな?」
川は思った以上に近くにあった。前方に水の流れらしきものが見えて、私は声を上げる。
「あれ? 思ったより水が少ない」
川岸まで行った私は、その川を見て拍子抜けした。
雨が何日も続いていたのでもっと増水していると思っていたけれど、川の水が思ったよりも少なかった。
川岸は途中で植物が生えているところと生えていないところがはっきりと分かれていて、普段ならそこまで水がくるのだろうなとわかる。けれど、今日はそれよりもずっと少ない。
「海が近いわけでもないのに、なんでだろう?」
チェキーナは海は近かったので、潮の満ち引きに合わせて水路の水深が上下した。けれど、セローナの近くに海はないはずなのに。
不思議に思いながらその川を眺めていると、水面近くをふわふわと漂うものがあるのに気が付いた。
(なんだろ?)
私は目を凝らす。ガーネとベラとよく似た格好をした、小さな人だった。背中に透明な羽根が生えた姿をしていて、髪は水色だ。体の大きさは十センチ位しかない。
「あれは、精霊かしら?」
「そうだな。あれは水の精霊だ」
私と並んで水面を眺めていたザグリーンが答える。やっぱりあれは精霊なのだ。
(ん? なんだか──)
ふわふわと水面近くの空を漂う精霊を見ていて、違和感を覚えた。
私の知る精霊達はいつも元気いっぱいで、くるくると空を舞っては楽しそうに踊る。けれど、その精霊は水面ギリギリをまるで今にも落ちそうになりながら飛んでいて、なんとなく元気がなさそうに見えたのだ。




