(2)
「大丈夫なの?」
「大丈夫だ。リーンと契約する前だって、普通に過ごしてきた」
「それはそうなんだけど──」
私は口ごもる。
契約しているのに、一緒にいなくて本当にいいの?
「心配しなくてもいい。必要があれば、リーンは呼べば俺のところにすぐ来られるから。エリーに何かがあったときの護衛になるし、俺に知らせることもできる。一石二鳥だろ?」
「すぐに来られる?」
どういうことだろうと思ってザグリーンのほうを見る。
ザグリーンは座って耳の後ろを後ろ足で器用に掻いていた。
「高位の聖獣は、そういうことができる」
「そういうこと?」
「必要に応じて、転移できる」
それを聞いて、ザグリーンと初めて出会った日のことを思い出す。
(あっ、だから……)
エリクサーが作れなくて混乱していた私の元に、ザグリーンは突然現れた。普段ザグリーンがアメイリの森にいたことを考えると、あれは空間転移して私の目の前に訪れたのだ。
(あれ? ということは、イリスも?)
あのとき、ザグリーンはイリスが呼びに来たと言っていた。特に何も疑問に思っていなかったけれど、イリス自体も転移できないとザグリーンを呼びに行くことなどできないはずだ。
(イリスって、普通にお喋りもできるし実はかなり高位の聖獣なの?)
お気に入りの本棚の上で丸くなるイリスを見上げる。イリスは私の視線に気付くと首を傾げ、「にゃあ」と鳴いた。本日はネコモードらしい。相変わらず、イリスは私とイラリオさんの前以外ではあくまでもネコでいる。
「じゃあ、お願いします」
私はイラリオさんのほうを向き直り、ありがたくザグリーンの同行をお願いすることにした。
「ああ、もちろんだ。ただ、リーンが同行しているとはいえ、あんまりアメイリの森の奥には行くなよ?」
「迷子になるから?」
「違う。最近、魔獣が出る」
「魔獣……」
「そう。だから約束な」
イラリオさんが片手を差し出す。
「うん」
私は自分も片手を差し出すと、小指を絡めて決してアメイリの森には近づかないと約束した。
◇ ◇ ◇
お菓子も持ったし、水筒も持った。ちょっとしたシートとハンカチに帽子……。準備は完璧だ。
それらを入れたリュックを背負うと、帽子を被って私は元気に家を出る。
イラリオさんからはアメイリの森の奥には行くなと言われたので、アメイリの森とは少し距離のある川沿いの散策路へ行ってみることにした。カミラさんによると、春になると散策路沿いに一面の菜の花が咲いてとても美しいところなのだとか。
「おいっ、ちゃんと前を見ろ。転ぶぞ」
きょろきょろしながら歩いていると、後ろから注意する声が飛んでくる。振り向くと、ザグリーンが少し後ろを歩きながらこちらを窺っていた。
「転ばないよ」
「見ていて危なっかしい」
そうかなあ。そんなことない気がするけど?
っていうか、なんだかザグリーンが保護者チックになっているのはなぜ?
イラリオさんに私を頼むって言われたから?
[エリー、気を付けてねー]
[転んだら大変だよー]
私の周囲を飛び回るガーネとベラまで。ザグリーンに合わせるように注意してくる。
うーむ、納得いかない。
けど、みんなが心配してくれているのだから感謝しないとだね。
(ん?)
歩き始めてすぐに、散策路沿いの木々の合間から、見覚えのある木が見えるのに気付いた。
「見て。あれ、ルーリエの葉だよ。わあ、こんなところに! せっかくだから摘んでいこうかな」
ルーリエと呼ばれるこの木の葉は、薬を作るときに使われる材料のひとつだ。葉っぱが手のように五股に分かれているのが特徴だ。
一定の材料と混ぜると薬の効き目を強める促進剤のような効果があるのだけれど、ルーリエの木自体があまり生えていないので市場ではとても高値で取り引きされている。私もセローナ地区に来てからは初めて見つけた。
「よいしょっ」
背を伸ばして手を伸ばし、葉を一枚摘み取る。
独特の緑臭い香りが強くして、いい薬になりそうだと思った。