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(5)

 アリエッタは年齢の割にとても落ち着いていて、大人びた少女だ。

 頭の回転も速く、イライラさせられることもない。

 もちろん俺に子供はいないので子供を育てるのは初めてなのだが、聖騎士団の部下達から聞く話ではこれ位の年頃の子供というのは少なからず我が儘を言って大人を困らせたり、こちらが思いも寄らないことをしでかして手を焼かせたりするものらしい。

 けれど、アリエッタに関してはそれが一切ない。むしろ、家の掃除や食事の準備などに関してはどっちが大人かわからないレベルだ。


 そんなアリエッタが今日は珍しく駄々を捏ねていて、俺はおやっと思った。


「お願い、リーン!」

「断る」

「そこをなんとか」


 リビングの一画で、アリエッタがザグリーンに何かを必死に頼み込んでいるように見えた。ザグリーンは迷惑そうに髭を揺らし、遂には立ち上がる。


「おいおい、エリーにリーン。一体どうした?」


 何で揉めているのかと不思議に思い、俺はふたりの元に歩み寄る。アリエッタはしゃがみ込んだまま、俺に縋るような目を向ける。


「リーンが意地悪を言うの!」

「意地悪など言っていない。我は雄だ! リボンなどいらぬ」

「ええっ。そんなこと言わないで、見て! 可愛いよ?」

 アリエッタは自分の手を突き出すようにザグリーンに向ける。よく見ると、小さなリボンを持っていた。赤とピンク色の二色使いで、中央にビーズが縫い付けられている。


「いらぬと言ったらいらぬ!」

「そんな……。せっかくふたつ買ってきたのに!」


 そこで状況をようやく理解してきた。

 アリエッタはザグリーンに付けるためのリボンを買ってきたらしいが、ザグリーンはそれを付けることを拒否したようだ。


 アリエッタのいう『ふたつ買ってきた』というのは、どうやらザグリーンとイリスの分のようだ。イリスの首元には既に小さな赤いリボンが付いている。昨日まではなかったはずだから、今日アリエッタが付けたのだろう。


 ちらりとザグリーンに目を向けると、金の瞳としっかりと目が合った。不機嫌な気持ちがビシビシと伝わってきて、ここで俺がリボンを付けることを後押ししたら契約解除と言われかねない雰囲気だ。


 俺はごほんと咳をする。


「エリー。リーンは勇敢な雄の聖獣だ。このリボンは少しばかり、その……、可愛らしすぎるんじゃないかな」

「…………」


 アリエッタの目にじわりと涙が浮かぶ。

 ぐっ、俺が女と子供の涙に弱いと知っての狼藉か。ダブルで来やがった。

 しかし、ここは心を鬼にしなければ!


 俺はアリエッタ擁護派に揺らぎそうになる自分の気持ちを叱咤する。


「リボンはエリーとイリスがお揃いで付けたらいいんじゃないかな?」

「私とイリスがお揃い?」


 その提案は想定外だったようで、アリエッタが金色の瞳を瞬かせる。


「ああ、そうだ。ほら、リーンは俺と出歩くことが多いから、落としちゃったら大変だろ」


 俺はアリエッタの手に乗った赤とピンクのリボンをそっと取ると、それを代わりにアリエッタ自身の髪の毛に付けてやる。


「ほら、とっても可愛いよ」


 その瞬間、アリエッタの頬がほんのりとピンク色に染まる。まだまだ小さいけれど、可愛いと褒められると照れてしまうなんて女の子だなあと感じた。


 そして、何よりも──。


(いや、本当に可愛いな。天使だな!)


 なんとかこの場の問題を穏便に解決しようとその場しのぎに口にした提案だったが、リボンは想像以上にアリエッタに似合っていた。赤とピンクという色合いも、アリエッタの茶色い髪の毛にちょうどいい。


(これはもっと色々と買って、エリーを着飾らせなければ)


 自分の子供を可愛い洋服や小物で着飾らせる親が世の中にはたくさんいるが、気持ちが理解できたぞ。まあ、アリエッタは世界一可愛いから何を着ても似合うがな。

「イリス、お揃いだって」


 アリエッタはすっかり機嫌を直し、イリスをむぎゅっとする。


「お揃いだにゃん」


 イリスも尻尾を振る。


 ところで、イリスが聖獣で、しかも喋ると言うことを俺はつい最近まで知らなかった。ザグリーンに『なぜずっと一緒にいたのに知らぬのだ?』と呆れたように聞かれたときの俺の気持ち、誰か察してほしい。


 確かに餌を食べているところを一度も見たことがなかったが、ただ単にアリエッタが俺がいない間に餌をあげているのだと思っていたのだ。


『エリー、イリスは聖獣なのか?』


 初めてイリスが喋っているのを聞いたとき、俺は驚きのあまりアリエッタに尋ねた。


『うーん、そうみたい。喋るネコは不思議だから、秘密にしておいたほうがいいのかなって思って誰にも言っていなかったの。ごめんなさい』


 アリエッタはシュンとする。アリエッタによると、イリスはアリシアの聖獣なのだという。だから、俺はアリエッタがイリスをアリシアの忘れ形見のように大切にしているのだと理解した。




「イリス、もふもふ~。気持ちいい」


 アリエッタが幸せそうな顔をして、イリスのお腹に顔を埋める。


「止めるにゃん。くすぐったいにゃ」

「お願い、もうちょっと!」


 お揃いのリボンを付けたひとりと一匹がじゃれ合うその姿が可愛いのなんの。 

 その日以降、アリエッタのために可愛い小物や洋服を選んでやることが俺のちょっとした楽しみになったのだった。



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