(2)
「──というわけで、今日はブラッシングをします!」
「ブラッシングだと?」
リビングで寝そべっていたザクリーンが頭だけを少し上げて怪訝な表情を浮かべる。壁の本棚の上で丸くなっていたイリスもこちらを窺うように首を伸ばした。
「そうだよ。これを使って体中を梳けば、毛並みがふっさふさになっちゃうんだから!」
私は事前に用意したブラシをずいっとリーンの顔に突き付けるように見せる。ロベルトさんに教えてもらって、昼間に買ってきたのだ。
「ねえねえ、いいでしょ?」
機嫌を窺うようにザクリーンを見つめると、ザクリーンはぐっと言葉に詰まったように一瞬黙る。
「好きにしろ」
「やったー。リーン、大好き」
私はザグリーンにぎゅっと抱きつき、柔らかな毛並みに体を埋める。
ブラッシングする前だけどふわふわー。これがもっとふわふわになるなんて、期待しかない。
「じゃあ、始めまーす」
ストンと足音もなく、イリスも本棚の上から下りてきた。
「イリスもやってあげるね。順番ね」
ブラッシングをやったことはないけれど、ロベルトさんから大体のやり方は教わった。痛くしないように、力を加減しながらブラシで毛並みを梳いてゆく。
「おっ。エリー、上手だな」
部屋で残っていた仕事をしていたイラリオさんがリビングにやってくる。ザクリーンにブラッシングをしている私の姿を見つけ、手元を覗き込んできた。
「えへへ、ありがとう」
上手と言われると悪い気はしない。イラリオさんはとっても褒め上手だ。
「リーン、気持ちいい?」
「悪くない」
ザクリーンはうっとりするように目を閉じている。
気持ちいいって言えばいいのに、素直じゃないなあ。
でも、なんだかんだで気に入ってくれているのがその様子からわかって、嬉しくなる。
「見て! ふわふわもふもふ! 気持ちいいー」
体全体のブラッシングを終えた私は、ザグリーンの大きな体に顔を埋める。背中に生えた翼の部分だけはどうすればいいのかわからなかったので何もしていないけれど、ここは何もしなくても艶々だからいいだろう。
さっきももふもふだったけど、まるで綿毛のようにふわふわになった。
このまま眠ってしまいたいほどの心地よさ!
「じゃあ、次はイリスをするよ」
イリスは何も言わず、ずいっと私の目の前に陣取る。
私はイリスも入念にブラッシングしてあげて、癒やしのもふもふタイムを満喫したのだった。
■ 第2話
アルマ薬店では店頭での販売を基本としているが、納品数量が多いところには定期的な配達もしている。そして、その配達先の二大お得意先は聖騎士団の事務所内にある医務室、もうひとつはセローナ大聖堂だ。
というのも、セローナ地区最大の大聖堂であるセローナ大聖堂には貧しい人々を対象にした医療院が併設されているからだ。
大聖堂には医療院が併設されていることが多く、以前住んでいた王都のチェキーナ大聖堂にもあった。私がエリクサーを作れという無理難題を国王陛下から突き付けられて、試作品の効果を確かめるために足繁く通っていたところだ。
「じゃあ、今回はこれを配達してきてもらえるかい?」
カミラさんはたくさんの薬が入った籠を私に差し出す。薬は小瓶に分けられており、その小瓶一つひとつにお薬の名前、調合に使った薬草類、効果効能が記載されていた。
「はい、行ってきまーす」
「馬車に気を付けてね」
「うん、大丈夫」
私は薬を鞄にしまうと元気よく手を振り、イリスと一緒にセローナ大聖堂へと歩き始めた。
配達先であるセローナ大聖堂までは、人通りの多い目抜き通りを歩いて五分ほどだ。途中には、たくさんの飲食店や日常雑貨品の店舗が軒を連ねている。
「エリーちゃん、今日もお手伝いなの? 偉いねえ」
「はい。セローナ大聖堂にお届け物に行きます」
「気を付けてね」
歩いている途中、すっかり顔なじみになった商店街の人達が声をかけてくる。その一人ひとりに「こんにちはー」と挨拶を返しながら、私は歩いた。