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(4)

(こんな一言で縮こまるなら、最初から喧嘩売ってくるんじゃねーよ)


 そう言ってやりたかったが、ぐっと堪えて我慢する。


「とにかく、現在はまだ捜索中です。見つかり次第報告します」

「頼みます。現聖女のマリアーナの力は日に日に衰えています。光臨の儀まで、あまり悠長にしていられる時間はありません」


 俺達のやり取りを静かに見守っていたメディスト大司教が口を開く。


「わかっています」


 俺はメディスト大司教に向かって、頷いて見せた。


「とは言っても、どうすっかなー」


 憂鬱な聖協会の会議を終え、ふうっとため息を吐く。


 俺の住む北部地区セローナの大司教ブルノ=サウセドが受けた神託は、非常に曖昧だった。


 ──聖獣の愛し子。アリシア。


 得られたのは、そのたったふたつの言葉だけ。〝聖獣の愛し子〟というのはただの枕詞だとすると、手掛かりは〝アリシア〟という名前だけだ。それでも、当初はすぐに見つかるだろうと楽観視していた。


 先ほど国王であるカスペル陛下が言っていた通り、聖女候補は代々貴族の令嬢から見つかっていた。そのため、貴族年鑑を確認して〝アリシア〟という名前の令嬢と順番に会ってゆけば、聖女候補を見つけ出すのはさほど難しくないと思っていたのだ。


 聖女光臨の儀が執り行われることは、既にアリスペンの国中に知れ渡っている。そのため、聖石を持った俺が訪ねてゆくと、どの貴族も大歓迎で迎えてくれた。


 しかし、俺の予想に反して聖女候補の捜索は困難を極めた。

 どの〝アリシア〟に対しても、聖石が反応しなかったのだ。

 その家の〝アリシア〟達は皆、自分が次代の聖女かもしれないと興奮から頬を紅潮させる。しかし、聖石に触れた瞬間、その表情は失望に染まった。


 聖石とはその名の通り〝聖なる石〟だ。聖女光臨の儀に際し、聖女候補が触れれば不思議なことが起ると言い伝えられている。前回の聖女光臨の儀の際に聖女候補を見つけ出した騎士の記録によると、七色の光を発したという。


『違ったようだな』


 何の変化もない聖石を見つめ、俺は告げる。


『そんなっ。その聖石が偽物であるということは?』

『これはセローナの大聖堂に厳重に保管されていたものだ。残念ながら、本物だ』


 納得いかない様子で言いつのる令嬢達に首を振ってみせる。

 そんなやり取りは一度や二度ではなかった。


「くそっ。どこにいるんだ」


 懐にしまい込んでいた聖石を取り出し、それを眺める。手のひらサイズの六角形の石には、花のような刻印が刻まれていた。聖石だと知らなければ、ただの重しにしか見えない。


 貴族令嬢のアリシアに聖女候補がいなかったことから、俺は捜索の対象者を平民にまで広げていた。もしかすると、貴族年鑑に記録のない貴族の庶子が平民として暮らしている可能性もあるからだ。

 しかし、既に百人近い各地のアリシアと会ってきたが聖石が反応することはなかった。


(もしかして、この聖石に不具合があるのか?)


 聖女候補を発見するためには、この石を使うほかない。そのため、もしもこの石に不具合があるとすれば聖女候補を探し出すことはできない。


(いや、まだ諦めるには早い)


 嫌な想像を振り払うように首を振る。

 そして、ポケットに入れていた書類の束を取り出した。聖女候補と成り得る対象年齢の〝アリシア〟のリストだ。


「ん? 近くにひとりいるな」

 ふと、リストの中のひとりに目を留める。


【アリシア=エスコベド。十八歳】


 住んでいるのは、ここから十キロ程の距離にある郊外の地域だった。


(どうせだめだろうが、行くだけ行ってみるか)


 そんな半ば諦めにも近い気持ちで、俺は馬に跨がった。




 向かった先にあったのは、小さな民家だった。町外れの森の入り口近くに、一軒だけぽつんと建っている。

 木造の建物は年季が入っており、日に焼けて木の色がだいぶ変色していた。玄関の上には、古びた木製の看板がぶら下がっており、そこには薬草が描かれている。


 民家の周りをぐるりと一周してみると、軒先にも紐で結んだ薬草がたくさんぶら下げられていた。保管するために干している最中なのだろう。


(薬屋の娘なのか?)


 馬から降り、その民家の玄関をノックする。反応はなかった。


「不在か……」


 このまま待つか、諦めるかで正直迷った。待ったところで、ここに住むアリシアが聖女候補である可能性は極めて低い。それに、いつ戻ってくるのかが全くわからない。


 どうするか暫く悩み、三十分だけ待つことにした。

 結果的に、この判断は大成功だった。目的の人物、アリシアは程なく戻ってきたのだ。


「こんにちは。お薬をお求めですか?」


 家の前で立っているとひとりの女性から声をかけられた。

 胸の辺りまで伸びたストレートの茶色い髪、大きな瞳は金色をしていた。色白なのだが不健康さはなく、むしろ快活そうに見える。片手に薬草がてんこ盛りになった大きな籠を持ち、足下には黒い猫を連れていた。


(珍しい瞳の色だな……)


 金色の瞳は初めて見た気がする。

 目の前に現れたアリシアは、十八歳という年齢相応の可愛らしい女性だった。


 俺は事情を説明し、このアリシアに聖石に触れてもらった。そして、驚きに息を呑む。


 アリシアの指先が触れた瞬間に突如聖石から閃光が発せられ、その後七色に煌めく光により聖石に刻印された花が浮かび上がる。これまで一度たりとも反応を示さなかった聖石が見事に反応したのだ。


(聖女候補だ。こんなところに)


 これまでになかった反応に、俺は目を見開く。しかし、驚いたのは彼女も一緒だったようだ。


「えっ、何これ」


 アリシアはびっくりしたような表情を見せ、聖石に触れていた手をぱっと引く。その様子を見た俺ははっとした。すぐに彼女の前に跪く。


「あなたのことをずっと捜していた」


 戸惑うアリシアに有無を言わせる間もなく、にこりと笑いかける。

 そして半ば強引に、彼女を連れて王宮へととんぼ返りしたのだった。


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