(2)
またポークソテーを頬張り始めたイラリオさんは何かを思い出したようにふと手を止めた。
「そういえば、最近傷薬の効き目がよくなったって部下達が話しているのを聞いたな。治りが格段に早くなったって。何か処方を変えたのか?」
「本当? 特に何も変えていないよ。カミラさんの処方も私が知っている処方も基本的には同じだもの」
「そうか」
イラリオさんは解せない顔をする。そのとき、寝そべっていたザクリーンが顔を上げた。
「それは、エリーが精霊の力を借りて薬を調合しているからだ。効き目が格段によくなる」
「え?」
私は驚いて、ザクリーンのほうを見た。
眠っていると思っていたけれど、目を瞑っているだけでしっかりと私達の会話は聞いていたらしい。
「精霊の力? どういうことだ?」
イラリオさんは怪訝な顔をする。
「えーっと……」
私は口ごもる。
──精霊達の姿がはっきりと見えること、そして会話ができることは誰にも言ってはいけない。
それは死んだお母さんと約束したことだ。もし教えれば、この力を利用しようと企む悪い人が寄ってくるかもしれないと言っていた。だから、これまで誰にも打ち明けたことはない。
(でも……)
イラリオさんと過ごして早数カ月。たとえ私にこんな不思議な能力があると知っても、イラリオさんなら絶対に悪用したりはしない。私はそんな絶対的な信頼をイラリオさんに寄せていた。
「実はね──」
意を決した私はおずおずとイラリオさんに事情を話す。
生まれた頃から、なぜか精霊の姿が見えること。彼らの言葉も理解できること。そして、彼らが私のところによく遊びに来てくれること。
話を聞いたイラリオさんはびっくりしてしまったようで、しばらく絶句していた。
「エリー。それ、本当か?」
「うん、本当。今も近くにいるよ。そこを飛んでる」
私はイラリオさんの斜め後ろを指さす。
風の精霊のガーネとベラが[リーン、元気になってよかったねー]と嬉しそうに飛び回っている。
イラリオさんは私の指さすほうを振り向き、ギョッとしたような顔をする。
「なんだ、これ?」
「風の精霊だよ。ガーネとベラっていうの。私の昔からのお友達」
ガーネとベラは自分達が紹介されていると気付いたようで、ふわふわとこちらに寄ってくる。
[こんにちは、ガーネだよ]
[僕はベラだよ。よろしくねー]
ふたりは楽しげに自己紹介をする。
「ちょっと待ってくれ。俺は生まれてこのかた二十四年、一度も精霊をはっきりと見たことはないし声を聞いたこともないんだが、これもエリーの力なのか?」
イラリオさんは状況が理解できないようで、額に手を当てる。
「これは、イラリオが我と契約したことにより神聖力が強くなった影響だ」
リーンが口を開く。
「精霊達は至る所にいるが、通常の人間はその姿や声を認識することはできない。認識できるのは、極一部の神聖力が強い者だけだ。ただ、認識できても言葉まで聞こえるものは殆どいない」
元々神聖力が強いイラリオさんは以前から精霊達がいることをなんとなく察することができ、大聖堂に行った際などはよく見えない何かを見つめるように宙を眺めていた。それが、ザクリーンとの契約によってはっきりと見えるようになったってことなんだね。
「なるほど。そういうことか」
イラリオさんもようやく納得したようだ。
「イラリオ=カミーユだ。よろしく」とガーネとベラに挨拶をする。
そして、まじまじと私を見る。
「エリーは聖女候補だったアリシアの妹だけあって、本当に神聖力が強いんだな」
「そうかなー?」
私は誤魔化すようにへらりと笑う。
妹というか、本人だからね。精霊のことを見えるのが神聖力が強い証拠とするならば、神聖力は相当強いのかもしれない。
「それで、何の話していたんだっけ。あ、そうだ。傷薬だ」
ガーネとベラの登場ですっかりと話が逸れてしまったけれど、私の調薬した傷薬の効き目がよいという話だった。もし本当にそうなら、とっても嬉しいな。
「これ、もうちょっと邪魔にならずに持ち歩けないのかな?」
私は先ほどイラリオさんがサイドボードから出して見せてくれた小さな入れ物を改めて見る。これ自体は大した大きさではないのだけれど、騎士団の団員達はこれ以外にもたくさん持ち歩く物がある。もう少し小型化できたらいいのだけれど。
[最初からガーゼにお薬を塗っといたらいいんだよ]
ガーネが私の手元を覗き込み、得意げに言う。




