■ 第5章 幼女薬師、特製絆創膏を開発する
この日もアルマ薬店でお手伝いをしていた私は、棚の整理をしていてふとひとつの瓶に目を留めた。
「カミラさん、このお薬なくなりそうになっていますよ。そろそろ作らないと」
「おや、本当だね」
カウンターで届いたばかりの薬草を仕分けていたカミラさんがこちらを振り返る。
「これ、傷薬ですよね? 私が作りますから、カミラさんは仕分けの続きをしていてください」
「そうかい? 助かるよ」
カミラさんはにこりと笑うと、作業中だった手をまた動かし始めた。
「はーい。任せてください!」
私は大きな声で返事すると、なくなりそうになっていた瓶を棚から下ろして台の上に置いた。
蓋を開けると、スッとした爽快な香りが鼻を抜ける。消毒成分を含む薬草の香りで、傷薬はこの香りがするものが多いのだ。
(それにしても、傷薬の消費が激しいなあ)
アルマ薬店でお手伝いを始めてから特に驚いたのは、傷薬の消費の速さだ。
私はこれまでも、元々王都であるチェキーナの町外れで薬師として細々と生計を立てていた。そのときによく売れるお薬と言えば『熱冷まし』『風邪薬』『お腹のお薬』などだった。
けれど、アルマ薬店では圧倒的に傷薬と消毒液、そして包帯の消費が激しい。聖騎士団の本部に隣接するように営業しているので、任務中に怪我をした団員達の薬をたくさん納品しているからだろう。
◇ ◇ ◇
「ねえねえ、イラリオさん。騎士団の人って、そんなにたくさん怪我をするの?」
その日の夜、私はイラリオさんに騎士団の人達の怪我事情について聞いてみた。
「なんだ、突然?」
夕食のポークソテーをナイフで器用に切り分けていたイラリオさんが怪訝な表情を浮かべる。
ちなみにこのポークソテー、私の得意料理のひとつである。ソースの中にすりおろした生姜をたっぷりと入れるのが美味しくなる秘訣である。イラリオさんも気に入ってくれたようで、いつも『美味しい。エリーは天才だな!』とべた褒めしてくれるから作りがいがあるのだ。
「アルマ薬店の傷薬と包帯の消費が激しいなあと思って。チェキーナでアリシアお姉ちゃんのお手伝いをしていたときは、風邪薬が多かったわ」
ああ、なるほど。とイラリオさんは頷く。
「俺達の任務の特性上、盗賊や暴れ者を拘束するときに多少の怪我はつきものだからな。訓練の際のちょっとした切り傷とかもあるし。あとは、アメイリの森で魔獣に遭遇したときはどうしてもけが人が多く出る。魔獣は強いから」
『魔獣』という言葉に反応したのか、ダイニングテーブルの近くで寝そべっていたザクリーンがぴくりと耳を揺らして顔を上げる。けれど、すぐにまた頭を床に付けると目を瞑って眠ってしまった。
ちなみに、アメイリの森があるお陰でセローナ地区には神聖力が多く溢れており、ザクリーンを始めとする聖獣達はそこから力を得ることができるらしい。
「傷薬は任務中、持ち歩いているの?」
「全員ではないが、そうしている者もいるな。小さな入れ物に入れて持ち歩くんだ。あとは、医務担当官は必ず持ち歩く」
食事の手を止めて立ち上がったイラリオさんは、サイドボードに歩み寄る。そこから取り出して「これだよ」と見せてくれたのは、手のひらサイズの四角い革製バッグだった。
「中を見てもいい?」
「もちろん」
蓋を開けて中を見てみると、丸い金属ケースに入れられた傷薬、一メートルほどの長さに切られた包帯、三回分のガーゼ、および、一回分の回復薬が入っていた。
「邪魔になるから俺は殆ど持ち歩かない。俺は火の精霊の加護持ちだから、血が止まらなければ魔法で傷口を焼いて事務所に戻れば処置できるからな」
血が止まらなかったら、傷口を焼く? なんだかとっても痛そうだ。