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聖獣と契約を結んだ聖騎士は長い歴史の中で度々存在が確認されている。契約により聖獣の加護を受けることにより強大な力を得ることができると言われているが、詳細はよくわかっていない。
なぜなら、ただでさえ希少な聖獣と契約できる聖騎士となると、その存在は数えるほどしか存在しないからだ。
過去に聖獣と契約した聖騎士が存在していたことはいくつも記録に残っているが、俺の知る限り現在のアリスベン王国に聖獣と契約している聖騎士はいないはずだ。
つまり、聖獣と契約するなど夢物語に近い話であり、だからこそ全ての騎士の憧れでもあった。
初めてザグリーンを見たとき、ザグリーンはアメイリの森の端でひっそりと横たわっていた。怪我をしているのか、白銀の毛並みの至る所が赤く染まっている。
姿形は獅子に似ている。だが決定的な違いがあった。背中から大きな翼が生えていたのだ。
傷ついた状態ですら威厳を感じさせるその姿に、こんなに美しい生き物が存在するのかと驚いた。
『おい、大丈夫かっ?』
聖獣に言葉が通じるとは思わないが、思わずそう言って駆け寄る。
聖獣は薄らと目を開けて瞳だけをこちらに向けた。金色の瞳がこちらを見る。
その瞬間、何か運命的なものを感じた。
何がどう運命的だったのかと聞かれると上手く言えないが、なにかこう、探していた片割れを見つけたような、そんな不思議な感覚がしたのだ。
(助けなければ!)
すぐにそう思い、聖騎士団の専用通信機を使って部下達と連絡を取り合う。
聖獣はこれまで見たどの聖獣よりも大きかった。俺がこれまで見たことのある聖獣は、せいぜい大型犬と同じサイズだった。しかし、この聖獣はその倍──二メートル以上はある。
通常の担架ふたつを組み合わせた特別な担架を急遽設えて、数人がかりでようやく運べる大きさだ。
聖騎士団の任務のひとつに、聖獣の保護がある。そのため聖騎士団の本部には聖獣の保護施設がある。
発見した聖獣はそこに運ばせたが、正直苦しいなと思った。
ぐったりとしており、意識がない。
聖獣はアメイリの森の神聖力を糧として生きる特殊な生き物だ。特に治療法はなく、自然に回復するのを待つほかない。
『元気になれよ』
目を閉じたままの聖獣に声をかけると、大きな耳が少しだけ動いた。
アリエッタが聖獣に興味を示したのは予想外だったし、見てみたいと言われたときは正直迷った。
あれだけ大型の聖獣だ。人を襲うことはないと言っても、恐怖心は感じるはずだ。
泣くのではないかとの心配をよそに、アリエッタは聖獣を見ても物怖じしなかった。最初こそひどく驚いたような顔をしたが、すぐにその表情は元に戻り、心配そうに聖獣を見つめている。
『実際に見て、満足したか?』
『うん』
アリエッタは聖獣を見つめたまま答える。この聖獣を保護するために前日の仕事が残っていた俺は、アリエッタを残してその場を後にした。
アリエッタが聖獣を助けるために薬を調合しているらしいと聞いたのは、その二日後のことだ。アルマ薬店の女主人であるカミラにたまたま会ったとき、そう教えられた。
『聖獣さんを助けるんだって言って、毎日数回、お薬を届けに行っているんだよ』
『エリーが聖獣に薬を?』
初耳だった。
(きっとエリーも聖獣が心配なんだな)
人間の薬を聖獣に飲ませて効くとも思えないが、本人が満足するようにさせてやるのが一番かと思い直す。
聖獣が奇跡的に意識を取り戻したと部下から連絡を受けたのは、保護した日から七日後のことだった。
『団長、保護している聖獣が意識を取り戻しました』
外出先から戻ると、部下からそう報告された。
大急ぎで聖獣の保護施設に向かうと、そこには先客の姿が。
『エリー』
膝を折るような体勢で聖獣の前に座っていたエリーははっとしたようにこちらを振り向く。
意識を取り戻した聖獣は、上半身だけを起こして楽な体勢をしていた。
ぐったりしている姿でもあれだけの威圧感があったのだ。起きている姿は、本当に息を呑むほど美しかった。〝威風堂々たる姿〟というのがしっくりとくる佇まいだ。
そして、聖獣は驚いたことに言葉を理解し、自らも喋った。
『お前は、俺を見つけた騎士だな。匂いに覚えがある』
その言葉を聞いたとき、頭が真っ白になるくらい驚いた。
本日より新連載始めました。
「出戻り王女の政略結婚」
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