(7)
少し考えて、私は首を横に振る。
元に戻ったところで、王都のあの家はもう処分されてしまっているだろう。生活の基盤もないし、私が元に戻ればイラリオさんは今までのように一緒に暮らしてはくれないだろう。
それに、私は聖女候補だったのに聖教会から偽物の疑いをかけられたのだ。生きていることが知られたら、それこそ処刑になるかもしれない。
つまり、戻るメリットが見つからないどころか、デメリットしかない。
更に質問しようとしたそのとき、背後から「エリー」と呼びかける声がした。
「レオ?」
振り返ると、入り口から歩いて来る騎士団服姿のイラリオさんが目に入った。
「外出先から戻ってきたら、部下から聖獣が目を覚ましたって聞いて見にきたんだ。エリーもその話を聞いてここに?」
「うん」
イラリオさんは私のすぐ横に片膝を突いて座る。そして、ザクリーンの顔を覗き込んだ。
「これは──。すごく立派な聖獣だな。こんなに大きくて綺麗な聖獣を見るのは俺も初めてだ」
聖獣はとても希少なので、聖獣達の住み処であるアメイリの森があるここセローナ地区に住んでいても聖獣を見ることはあまりないらしい。ましてや、このような近距離で見ることなど滅多にないという。
一方のザクリーンはじっとイラリオさんを見つめる。
「お前は、俺を見つけた騎士だな。匂いに覚えがある」
イラリオさんは聖獣に話しかけられるなんて予想していなかったようで、驚いたように目を見開いた。
「えっ、喋った……?」
「高位の聖獣は人の言葉を理解するのも容易い」
ザグリーンは答える。
えっ!聖獣って全員喋れるんじゃないの?と私も別な意味で驚いた。イリスが普通に喋るものだから、それが当たり前だと思っていたのだ。
ザクリーンは視線を私へ向ける。
「普段、この男がお前を保護しているのか?」
「うん。私を保護して面倒をみてくれているの。あと、リーンを見つけて保護したのもレオだよ」
「なるほど」
ザクリーンは大きな頭を小さく振って頷くと、再びイラリオさんへと視線を移す。
「では、助けてもらった礼にお前と契約を結ぼう。見たところ、まだどの聖獣とも契約を結んでいないな?」
「契約?」
私は首を傾げる。
「契約だと!?」
横にいたイラリオさんは驚いた様子だ。
「契約ってもしかして、聖騎士と聖獣の契約か!?」
きょとんとする私に対し、イラリオさんは身振り手振りを交えて説明する。
「契約っていうのは、人と聖獣が相棒になる契約のことだ。契約すると、契約した人は聖獣の加護を得ることができる。一方、聖獣側は契約した人間から神聖力を得ることができる」
「なるほど」
そういえば、そんな話をイラリオさんから聞いた気がする。大聖堂に描かれた聖女様を護る騎士も聖獣を連れた聖騎士だった。
「本当に、いいのか?」
イラリオさんは確認するようにザクリーンに尋ねた。まだ、ザクリーンの提案が信じられない様子だ。
「聖獣と聖騎士の契約は絶対ではない。どちらか一方が終わりだと言えば、そこでお終いだ」
ザクリーンは答える。
「わかった」
その後もふたりはやり取りしていたが、最後にイラリオさんは決心するように拳を握った。
「俺の額に手を」
ザグリーンが頭を差し出すように、イラリオさんのほうへ向ける。
イラリオさんは迷うように一瞬手を軽く握ったが、おずおずとその手を差し出す。そして、ザグリーンの額にそっと手を置いた。