(6)
聖獣が保護されてからというもの、私はガーネとベラに手伝ってもらいながら薬を作っては、足繁く聖獣の元へと通った。
「エリーちゃん。あの聖獣、目を覚ましたよ」
そんな知らせを聞いたのは、アルマ薬店でお手伝いをしているときだ。聖騎士団の団員さんのひとりが、わざわざ私に教えに来てくれたのだ。
あんまりにも頻繁に聖獣の施設を訪れていたので、私が聖獣を気にかけているのは聖騎士団の中でちょっとした噂になっているらしい。
「本当?」
私は薬棚を整理する手を止めて、呆然と聞き返す。
今日も学校からここに来てすぐにお薬を持って会いに行ったけれど、聖獣は目を瞑ってじっとしたままだった。あの後に、目を覚まして起き上がった?
「さっき、獣舎に世話をしに行ったら、目を覚ましていたんだ」
団員さんの言葉を理解して、胸の内に嬉しさが溢れるのを感じた。
(会いに行かなきゃ!)
「あのっ、カミラさん!」
「会いに行きたいんだろ? いいよ、行っておいで」
カミラさんはすぐに私の気持ちを察したようで、片手を上げる。
「ありがとう! お兄さんも、教えてくれてありがとう!」
それだけ言うと、私は走って獣舎へと向かったのだった。
私が獣舎に到着したとき、聖獣は大きな体は地面に預けたまま、上半身だけを起こした楽な格好をしていた。
(うわああ、綺麗……)
起きている聖獣の姿をここで見るのは初めてだ。私の足音に気付いたのか、聖獣が頭をこちらに向ける。
しっかりと見える瞳は、あの日と同じく金色に煌めいていた。まるでこちらの心を見透かすかのようなまっすぐな眼差しに、自然と背筋が伸びる。
「こんにちは」
私はおずおずと聖獣へと近づく。
自分の体よりずっと大きいけれど、不思議と恐怖心はなかった。今日もイリスが聖獣の近くにいたお陰もあるかもしれない。
「久しぶりだな」
低く落ち着いた声が聞こえて、私ははっとする。周囲を見回したけれど、自分以外には誰もいなかった。
イリスはいるけれど、声もしゃべり方も違う。つまり、この声は聖獣のものだ。
「なぜお前はまだその姿をしている? 戻ることを望めば、戻れるのに」
はっきりとそう聞こえた。
「あなたは私を助けてくれた聖獣さん?」
そうに違いないと既に確信しているけれど、念のため聖獣自身に確認する。
「そうだ」
聖獣は頷く。
(やっぱり!)
思いがけない再会への喜びと、命の恩人が助かってくれたことへの安堵の気持ちが込み上げる。
「あのときはありがとう」
「礼には及ばない」
聖獣は一言、そう言った。
「なんで私を助けてくれたの?」
「お前を助けてほしいと、守護聖獣が助けを求めた。それで、俺が行くことになった」
聖獣の白いひげが揺れる。
(守護聖獣? 守護聖獣って何かしら?)
聞いたことがない言葉だった。
「守護聖獣って何?」
聖獣の視線が私から少しずれる。その視線の先を追うと、イリスがいた。
(イリスが守護聖獣っていうやつなの?)
確かに、イリスは聖獣だ。だけど、守護聖獣?
もっと詳しく聞きたかったけれど、聖獣はそれ以上話す気はなさそうに見えた。後で、イリスに聞いてみることにしよう。
「あなたの名前はなんて言うの?」
「ザクリーンだ」
「ザクリーン……」
「『リーン』と呼ぶ者が多い」
「私もそう呼んでも?」
聖獣改めザグリーンはこくりと頷く。どうやら、愛称を呼ぶ許可はもらえたようだ。
「私はアリシア。だけど、今は訳あってアリエッタって名乗ってる。『エリー』って呼んで」
訳あっての『訳』を説明しようと思ったけれど、ザクリーンは知っていることに気付いて口を噤む。
色々と聞きたいことがあったけれど、何から聞くべきかと迷った。
「さっき、私は元の姿に戻ることを望めば戻れるって言った?」
「ああ。自身の身を守るために一時的に姿を変えたのだから、お前が本気で戻りたいと望めば戻れるはずだ」
本気で戻りたいと望めば戻れる?
突然この姿になってしまい、イラリオさんに保護されて今日まで流れに身を任せて過ごしてきた。けれど、私が元の姿に戻りたいと望めば、すぐにそれは叶うのだろうか。