(5)
「どうやってここに?」
[僕達は風が吹けばそれに乗ってどこへでも行けるよ]とガーネが答える。
「あ、そうだったね。それはそうと、私の名前を『エリー』って……」
これまで、ガーネとベラは私のことを『アリシア』と呼んでいた。エリーという名前は教えていないのに、どうして知っているんだろう?
[イリスに聞いたよ]とベラが答える。
「イリスに?」
私は目を丸くする。
[うん。アリシアのことはしばらく『エリー』って呼べって。ここには、イリスが呼びにきてくれた]
「え?」
ふと見回すとイリスはいつの間にか、何事もなかったかのように部屋の片隅に座っていた。いつの間に戻ってきたのだろう。
[ねえねえ、どうしてこの聖獣さんは倒れているの?]
そう聞いてきたのはベラだ。ベラの視線は、倒れている聖獣へと向いている。
「あのね、聖獣さんは怪我をしてこのままだと死んでしまうかもしれないの。なんとかして助けたいから、お薬を作ろうかと思って」
それを聞いたガーネとベラはまん丸に目を見開いた。
[死んじゃいそう? それは大変! 助けないと]
「うん。でも、普通の回復薬や傷薬が聖獣に効くのかがわからなくって」
[あ、だからイリスは僕達を呼びにきたんだね。普通の薬じゃ効かないけど、僕達が手伝えば聖獣にも効く薬が作れるよ]
「本当?」
[うん、本当。アリシアがお薬を作るのを、僕達も手伝う!]
ガーネとベラは透明の羽根の羽ばたかせ、くるくると私の周囲を回る。
「ありがとう」
ふたりに励まされた私は、いつものように薬をすり鉢の中に入れてゆく。腕に力を込めて擦っていると、ガーネとベラが[頑張れエリー]と言いながら周囲をくるくると飛ぶ。それに合わせてキラキラと金粉のようなものが舞い、すり鉢にも降り注いだ。
(あれ? 今、光った?)
気のせいだろうか。自分の手元、調合中の薬が鈍く光ったような気がした。
暫く擦り続けると、すり鉢の中は見事な粉状の薬になる。
「これ、どうやって飲ませようかな?」
私は出来上がった薬を見つめて独りごちる。普通であれば水に溶かしてそのまま飲み込むのだけれど、今意識がない聖獣にどうやって飲ませればいいだろう。
[お口にぐいって入れればいいよ]
ガーネが名案が思いついたとばかりに人差し指を立てて見せる。
「お口にぐいって……」
それは、この聖獣の口を無理矢理開けて、口の奥に薬を突っ込み水で押し流すということだろうか。確かにそうすれば飲ますことはできるけれど……。
聖獣は頭だけでも私が両腕を回しても届かない位のサイズがあり、少しだけ開いた口元からは鋭い牙が見える。もしも噛まれたら、きっと私の腕などちぎれてしまう。
(どうしよう……)
迷っていると、今度はベラが[アリシア、どうしたの? 聖獣さんを助けてあげて]と言う。
「う、うん」
「聖獣は人を襲ったりしないにゃ。心配しなくても大丈夫にゃ」
じっと私達の様子を見守っていたイリスが、口を開く。
(聖獣は人を襲ったりしない?)
そういえば、さっきイラリオさんも同じようなことを言っていた気がする。
(やるしかないわね)
怖くないといえば嘘になる。でも、あのとき私を助けてくれたこの子が自分を噛むなんてきっとない。そう信じて、私は腹を決める。
両手を伸ばして聖獣の口をこじ開ける。弱っているせいか、その口は大した抵抗もなくすんなりと開いた。イリスがタイミングを見計らったように近づいてきて、少し持ち上げた頭の下に体を滑り込ませる。頭を支えるのを手伝ってくれているのだろう。
私は薬を握ると聖獣の口に手を入れて薬を突っ込む。
ゆっくりと水を流し込むと、それに合わせて喉が上下に動くのが見えた。
「飲んだわ」
[やったー、飲んだ]
[聖獣さん、これで助かるね]
ガーネとベラが嬉しそうに周囲を飛び回る。
「うん、助かるといいな」
私はその聖獣を見つめる。その後、同じように傷薬も作って怪我している部分に塗り込んでやった。
「どれ位でお薬が効くんだろう?」
回復薬は通常、五分程度で効果が現れる。今のところ薬の効果は特に見られず、聖獣は目を瞑ったままだ。
「一回じゃ効かないと思うにゃ。何回か飲ませるにゃ」
「そっか。わかった」
心配そうに聖獣を見つめるイリスを、私はぎゅっと抱きしめた。