(3)
翌日、学校が終わるや否や私は大急ぎで教室を飛び出した。向かった先はもちろん、聖騎士団の本部だ。
「こんにちは!」
「こんにちは、エリーちゃん。随分と急いでいるね」
「うん。用事があるの」
入り口で顔見知りの団員さんに会ったけれど、挨拶もそこそこに奥へと向かう。そのまま廊下を通り抜けて一番奥、イラリオさんの執務室へと向かった。
「レオ、来たよ!」
「お。エリー、早かったな?」
イラリオさんは執務机に向かって椅子に座り、書類の確認をしていた。私に気付くと少し驚いた顔をして壁際の時計を見る。まだお昼を少し過ぎた位だ。
「今は忙しい時間?」
「いや、大丈夫だよ。ちょうど昼休憩中」
休憩しているようには見えなかったけれど、イラリオさんはにこりと笑って立ち上がった。
「聖獣を見たいんだったな?」
「うん。今どんな様子なの?」
「昨日と変わらない。ぐったりしている」
「ふうん」
「よし、付いてこい」
イラリオさんは右手を軽く上げると、私を手招きした。
聖獣のいる獣舎は、聖騎士団の事務所の敷地内ではあるものの、屋外のわかりにくい一角にあった。赤い屋根と白い壁の平屋建ての簡素な作りの建物だ。
イラリオさんに案内されて、恐る恐る中に入る。清潔に清掃された廊下が目に入る。私は廊下の先にいる黒いものに驚いた。
「イリス!」
それは、昨日の昼間からふらりとどこかに行って戻ってこなかったイリスだった。
イリスは何も言わず、私の顔を見返す。
「イリスは昨日からここにいるみたいだな。部下が餌を置いておいたみたいなんだが、食べてないな」
イラリオさんは入り口近くに置かれた肉の煮込みが載った皿をちらりと見た。
確かに、お皿にはこんもりと餌が入っているので餌は食べていなそうだ。とはいっても、イリスはネコに見えるけど本当は聖獣だから、餌は食べなくても平気なのだけどね。
「そこの奥にいるのが聖獣だよ」
イラリオさんが指さした先を見る。藁が敷かれた上に、大きな白銀の毛並みが見えた。
その姿を近距離で見て、私は驚いた。
「この子……」
「ん? どうかしたか?」
私の様子がおかしいことに気付いたイラリオさんが怪訝な顔をして覗き込んでくる。
「あ、ううん。何でもないの。変わった姿をしているなって思って、驚いただけ」
私は咄嗟に、愛想笑いをして両手を胸の前でひらひらと振る。
けれど、内心は動揺を隠すので必死だった。
獣舎の部屋の端から端まで届いてしまいそうに大きな体は、二メートル以上はありそうに見える。真っ白な毛並みは、色は違えど稔りの季節の麦畑を彷彿とさせた。そして、その背中からは大きな翼が生えている。
そこにいた聖獣は、私がこんな姿になったあの日に現れた不思議な聖獣と瓜ふたつだったのだ。
ただ、怪我をしているようで白い毛並みの至る所が血が固まった茶色に染まっていた。
イラリオさんは私の反応に不思議そうな顔をしたけれど、特に追及してくることもなくその聖獣へと視線を移す。
「こんなに立派な聖獣を見るのは、俺も初めてだ。小さな頃に見た、聖騎士が連れていた聖獣より大きいかもしれない」
「聖騎士が連れていた聖獣?」
私は首を傾げる。
「ああ。もうずっと昔のことだ。極一部の聖騎士は聖獣と契約を結ぶことができると言われている。特に、聖女の護衛を務める聖騎士は聖獣と契約していることが比較的多いんだ」
「ふうん」
私はイラリオさんの横顔を見つめる。
私が知る限り、セローナの聖騎士団に聖獣を連れている聖騎士はいない気がする。きっとそれくらい、聖獣と契約できる聖騎士は希少なのだろう。
横たわる聖獣を見つめるイラリオさんの瞳には、憧憬のような色が見えた。聖獣と契約できることは全ての聖騎士にとって憧れなのかもしれない。
「実際に見て、満足したか?」
「うん」
私はおずおずと横たわる聖獣に手を伸ばす。ふわりとした毛並みに触れると、じんわりと温かい。