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大陸の南西部に位置する国家、アリスベン。ここは別名〝聖なる国家〟とも言われる特別な国家だ。
この世界は聖なる加護により平穏を守られている。そして、その聖なる加護を世界にもたらす強力な神聖力を持つ者は〝聖女〟と呼ばれ、人々に敬われる存在だ。
現聖女のマリアーナは現在齢五十歳。年齢と共に持っていた神聖力も弱くなっており、ある日代替わりの神託を受けた。
その神託を受け、聖協会は国内の五つの地域に一斉に次期聖女候補探しを通達した。それが六カ月程前のことだ。
「して、聖女候補の捜索の進捗はどうなっていますかな?」
ここは王都チェキーナの大聖堂。厳粛な空気の流れる中、この国で最も権威ある大司教であるメディストが口を開く。
「中央地区チェキーナでは既に神託を受けた女性を発見し、聖女光臨の儀に参加いただくことに合意いただいております。サリエット侯爵令嬢のルイーナ嬢です」
「南部地区カルーナでも、無事に発見してご同意をいただきました。クルトン侯爵令嬢のメアリ様です」
その後も次々と各地の状況が報告され、最後に俺の順番がやってくる。
「北部地区セローナですが、現在も捜索中です。引き続き発見できるように努力します」
聖女光臨の儀では、この国の五つ地に居を構える大聖堂の大司教がそれぞれ神託を受ける。他の四地域では既に神託を受けた聖女候補を無事に発見して聖女光臨の儀に参加する同意を取り付けていたが、北部地域──セローナだけがまだ発見できていなかった。
「イラリオ、なぜそんなに時間がかかっている?」
苛立ったように詰問してきたのは国王であるカスペル陛下だ。俺の年の離れた、腹違いの兄でもある。
「神託で得た名前の貴族を順番に回って聖石に触れてもらいましたが、今のところ反応する者がいません。今、平民まで捜索範囲を広げていますが、なにぶん対象が多く──」
「平民!」
カスペル陛下が馬鹿にしたよう鼻で笑う。
「聖女が平民などあり得ない。お前ならよく知っているはずだ。聖女になり得るのは聖獣の血を引く我ら王家の血縁のみ」
うるせえな、と心の中で舌打ちする。
──聖女と成り得るのは聖獣の血を引く者、すなわち、王家の血縁者のみ。
このことはよく知っている。小さな頃から、嫌というほど勉強してきたのだ。
聖獣とは強い神聖力を持つ獣の総称だ。
この国の初代国王は聖獣の化身であったと言われている。それ故、王家には聖獣の持つ力──神聖力が強く引き継がれる。そしてそれを裏付けるように、これまでの歴代聖女は遡ればどこかしらで王家と血縁が確認される貴族令嬢に限られていた。平民など、一度も例がない。
(だが、その貴族令嬢をくまなく捜しても見つからないんだから仕方がねーだろうが)
俺は内心で悪態を吐く。
「もちろん、陛下が仰ることは俺もよく知っています。だが現時点で見つからない以上、例外が発生したと考えるのが──」
「セローナの大司教は随分と歳を召されている。きちんと神託を得られなかったのでは?」
横からそう口出ししてきたのは、王都であるチェキーナの司教だ。今回、チェキーナ地区の聖女候補探しを行った男でもある。
その失礼な物言いに、さすがに怒りが湧いた。
「…………。身を粉にして精霊の森を守り続けているブルノ=サウセド大司教を愚弄するとは、貴君は俺に決闘を申し込む覚悟があるのか?」
怒りを孕んだ俺の声に、へらへらとしていたその司教の表情が凍り付く。




