(2)
アルマ薬店は聖騎士団の事務所の前の通りに面している。
「あ、イラリオさんだ」
再び台に乗ってカウンターの前に立っていた私は、見覚えのある人影を見つけて声を上げた。
イラリオさんは団長なので、ひとりだけ黒い制服に金色の肩章が付いていて見分けやすいのだ。
(何やっているんだろ?)
イラリオさん達は何か大きなものを運んでいる部下に指示を出しているように見えた。
白っぽくて、ふわふわしているように見えるけれど、布団ではないよね?
「何を運んでいるのかな?」
「さあね。大きいし、重そうにしているね」
カミラさんが言う通り、それはずいぶんと大きく見えた。騎士団の団員さんが数人がかりで担架を支えているけれど、それでも重そうだ。
イリスがはっとしたように立ち上がり、そちらをじっと見つめる。
担架はゆっくりと事務所の中へと進み、やがてここからは見えなくなった。カウンターの上に座っていたイリスが、ストンと地面に下りてそちらに走ってゆく。
「イリス!」
私は呼びかける。
けれど、イリスは振り向くことなく事務所の方に走って行ってしまった。
(どうしたんだろう? 今日のイリス、ちょっと様子がおかしいよ)
追いかけようとカウンターから出ようとしたそのとき、「こんにちは」と声をかけられた。薬を買いに来たお客さんだ。
(まあ、今までも気まぐれにどっかに行っちゃうことが多かったし大丈夫かな?)
そう思い直すと、私はまた接客を始める。
けれど、イリスは夕方になっても戻ってくることはなかった。
その日の晩、私はイラリオさんに昼間のことを聞いてみることにした。
夕食を食べながら、ちらりとイラリオさんの様子を窺って切り出すチャンスを探る。
「ねえ、レオ」
「ん、なんだ? 今日の肉はえらく柔らかくて美味いな」
イラリオさんは今日の夕食のメニュー、豚ロースの香草焼きを頬張る。ちなみにこれは、私の得意料理のひとつだ。添えてある野菜は近所のおじちゃんにお裾分けしてもらったブロッコリー。
「うん。それ、お肉屋さんが今日のおすすめって──」
褒められた嬉しくなってしまい、ついつい本日のおすすめ品を買えたことを話してしまう。ちなみにお金は夕食の買い物などに必要だからとイラリオさんが一定額を持たせてくれている。
「へえ、よかったな。エリーは買い物上手でもあるんだな」
「えへへ」
照れ隠しに頬を掻いていてはっと気付く。
(そうじゃなくって、昼間のこと聞くんだった!)
「ねえ、レオ。今日のお昼に何を運んでいたの?」
「今日の昼?」
「うん。アルマ薬店でお手伝いしているときに見かけたの。たくさんの人達で協力して、何か大きいものを運んでいたわ。イラリオさんが先導しているように見えたんだけど……」
「ああ、あれか」
イラリオさんはフォークを静かに皿に置く。
「アメイリの森で傷ついた聖獣を見つけたんだ。自力で歩くのが困難になっていたから保護したんだが、あれはもうだめかもしれない」
「聖獣を?」
アメイリの森にはたくさんの聖獣がいると聞いたことがある。ただ、そんなアメイリの森であっても、聖獣は極めて貴重な生き物だ。神聖力を持っており、神聖な存在だ。
(多分もうだめ? 死にそうってこと?)
なぜか胸の辺りがざわざわとした。
このままではいけない、助けないと、という気持ちが湧いてくる。
「その聖獣、どうしているの?」
「聖騎士団の本部には、聖獣の保護施設があるんだ。時々傷ついたのを保護することがあるから。今はそこにいる」
「ねえ、レオ。私、明日その聖獣を見ちゃだめかな?」
「エリーが?」
イラリオさんは驚いたように目を見開く。
「うん。どうしてもその子を見たいの」
「しかしなあ。聖獣と言っても見た目は獣だぞ。しかも、今回のはかなりの大型獣だ」
「大丈夫だから! お願いっ!」
なおも渋るイラリオさんに必死に頼み込む。なかなかうんと言ってくれないので、最後は〝必殺、潤んだつぶらな瞳で上目遣い〟を使わせてもらった。
イラリオさんが参ったと言いたげに頬を掻く。
「あー。わかったよ。少しだけだぞ」
「本当? ありがとう、レオ大好き!」
私は大喜びしてイラリオさんにぎゅっと抱きつく。
イラリオさんは苦笑しながらも私を抱き上げ、「仕方がないなあ」と目を細めたのだった。