(2)
ロベルトさんの協力もあって、お洗濯は予定よりずっと早く終わった。
一息ついた私は、ロベルトさんがお土産に持ってきてくれた近所のお菓子屋さんのクッキーを並べる。イラリオさんは愛馬の世話をしに行った。
「ロベルトさんって本当にレオと仲良しですねー」
クッキーを頬張りながら、私はしみじみと呟く。ロベルトさんは私が知る限り、休みの日はほぼ毎日イラリオさんの元を訪ねてくる。
「仲良しというか、生存確認です。放っておくと、何もできませんから」
「なるほどっ!」
申し訳ないけれど納得してしまった。イラリオさんの生活力のなさを知っていたら、誰だって心配になると思う。
「イラリオはこれまで何もかもやってもらえる環境にいたから、できないのはやむを得ない部分はあるんです。使用人を雇うことも薦めたのですが、不必要に自分に近い人間を作りたくないようですね。だから、私が様子を見に来ているんですよ」
「……それって、もしかしてイラリオさんが〝殿下〟って呼ばれていたことに関係があります?」
ロベルトさんは僅かに目を見開く。
以前、聖女光臨の儀で知り合ったメアリ様は侯爵令嬢にもかかわらずイラリオさんのことを『イラリオ様』と呼んでいた。つまり、イラリオさんは侯爵令嬢から見ても敬称を付けられるような立場にあるということだ。
それに、イラリオさんは神聖力がとても強く精霊の気配を感じることができる。それなのに、イラリオさんは『俺は貴族じゃない』と私に言った。貴族の血筋でも聖職者の血筋でもない人が高い神聖力を持つことはとても珍しい。まあ、たまに私みたいな例外もいるけれど。
そして極めつけのことがひとつ。ブルノ大司教に聖石を返した日、ブルノ大司教はイラリオさんのことを『殿下』と呼んでいた。
これらのことを総合的に考えると、考えられる可能性はひとつだ。それは、イラリオさん自身が王族であるということ。
私がそれを話すと、ロベルトさんは苦笑する。
「ご明察です。まだ小さいのに、鋭い洞察力で驚きました」
そして、ふうっと息を吐く。
「エリーちゃんの予想通り、イラリオは現国王であるカスペル陛下の弟です」
(弟……?)
私は聖女光臨の儀の際に見かけた国王陛下の顔を思い浮かべる。正確な年齢はわからないけれど、四十歳は過ぎていそうに見えたけど……?
ロベルトさんは私の考えていることにすぐに気付いたようだ。
「陛下とイラリオは母親が違うのですよ」
何やら複雑な人間関係が絡むということはわかった。でも、なんでイラリオさんはこんな僻地で聖騎士団の団長なんてしているんだろう?
そんな疑問は、この後のロベルトさんの説明ですぐに明らかになった。
「イラリオは、王都で慎ましく暮らしているには優秀すぎたんですよ。優秀な王族には人望が集まる。それを疎ましく思った国王から、ここに行くように命じられたんです」
ロベルトさんははあっと息を吐くと、ティーカップを手に取ってお茶を飲む。
「私は元々、イラリオの側近となるべく育てられていました」
「じゃあ、ロベルトさんも貴族なの?」
「はい、そうですよ。ラミレス侯爵家という家門です」
ロベルトさんはこくりと頷く。
貴族の家門については詳しくないけれど、侯爵家がとても高貴な身分だということはわかる。道理で育ちがよさそうな雰囲気が漂っていると思った。
「でも、レオが王弟殿下なことと、家で人を雇わないのはどんな関係が?」
「権力があるところでは自ずと争いが起きるものです。レオは不用意に自分に近づけたせいで誰かが傷つくのを見たくないのですよ」
イラリオさんに近づいたせいで傷つくって、どういうことだろう?
どこか寂しげに言ったロベルトさんの言葉は、部屋の中に溶けて消える。
「だから、エリーちゃんと一緒に暮らして楽しそうなイラリオを見るのは、私にとって、とても嬉しいことですよ」
「レオ、楽しそうにしている?」
「それはもう。ここに来てから、今が一番笑顔が多いかもしれません」
ロベルトさんはそう言うと、朗らかに微笑んだ。