第3章 幼女ですが、凄腕薬師になります!
イラリオさんと暮らし始めて、一月ほど過ぎた。
「レオ、起きてー!」
うららかな休日。朝日がすっかり昇りきった時間になっても布団から出てこないイラリオさんを起こそうと、私は大きな声で呼びかける。
「うーん。今日、休みだろ?」
私の声で目を覚ましたイラリオさんが、寝返りを打って気だるげに髪を掻き上げる。
「休みだから起きるの! 今日は朝から一緒にシーツのお洗濯をするって約束したでしょ!」
「…………」
肩までしかかかっていなかった毛布がズズズッと引き上がり、イラリオさんの黒い髪の毛がすっぽりと隠れる。そして、部屋の中がシーンと静まりかえった。
むむむっ、これは聞こえない振りをする気だな?
あくまでも、二度寝しちゃう気だな!?
「レオ、起きてー!」
さっきよりもっと大きな声で、耳元で叫んでやった。
この一カ月、イラリオさんと一緒に暮らすことで、彼について色々とわかったことがある。
それは、仕事では超優秀で部下の信頼も厚い聖騎士団の団長なのだけど、プライベートでの生活力が皆無であること!
料理ができないのは初日に知っていたけれど、掃除も洗濯も、生活に必要なことが殆どできないのだ。一応四年間はひとり暮らししていたらしいのだけど、これでよく生活できたものだなと感心してしまう。
ベッドのシーツを剥がして、抱えて外に持って行く。その間に、イラリオさんが庭にある洗濯場に水を溜めておいてくれた。シーツをそこに投入すると、ふたりでそれを踏み踏みしながら洗ってゆく。
「水属性の精霊の加護があると洗濯が楽なんだけどなー」
イラリオさんは洗濯しながらぼやく。
この世界には精霊の加護を得ている人が存在する。そういう人達は精霊の力を借りて魔法のような不思議なことができる。
例えば、水の精霊の加護を持っている人であれば、その力を借りて水を操ることも可能なのだ。ただ、精霊の加護にも強弱があるので加護持ちが全員そういうことができるのかと言われると、そういうわけでもない。
ちなみに、イラリオさんは土と火の属性の精霊の加護を持っていて、庭園の一角にある自家農園はいつもたくさんの野菜が実っている。便利でいいと思う!
そして私は、前々から風の精霊の加護を持っていたのだけれど、セローナに来てから大聖堂の光の精霊とも友達になって風と光の加護持ちだ。残念ながら、水の精霊の加護はない。
「こんにちは」
ふたりで無心になって洗濯していると、聞き慣れた声がした。はっとしてそちらを見ると、ロベルトさんがいた。
「ロベルトさん!」
「こんにちは、エリーちゃん」
ロベルトさんは私のほうを見るとにこりと笑う。
「ロベルト、いいところに来た!」
一方のイラリオさんはロベルトさんの登場にぱっと表情を明るくすると、洗濯用の水槽から出た。
「洗濯中ですか」
ロベルトさんが尋ねる。
「ああ。ということで、続きは頼んだ」
イラリオさんがロベルトさんの肩をポンッと叩く。そう、何を隠そう、ロベルトさんは水の精霊の加護持ちなのだ。
「エリーちゃん、ちょっと出てくれるかな」
「はーい」
まだ洗濯中だったけれど、私は言われた通りに外に出る。ロベルトさんが手をかざすと、ふわっと水が振動して水流が起こった。
「わあ、いつ見てもすごい!」
私は自動的に回る洗濯桶を覗き込む。シーツが水の中でぐるぐると回転していた。
「他にもあれば、やっておきますよ」
「本当?」
まだ洗濯物が残っていた気がする。私はパタパタと走ってそれらを取りに行くと、順番にそれらを水の中に投入してゆく。次に手にしたのはイラリオさんのズボンだ。一昨日が雨だったので道がぬかるんでいたせいか、裾の部分が泥でべっとりと汚れていた。
「あー、レオ! 汚れたお洋服はちゃんとお水に浸けてって言ったでしょ」
「あ。悪い、忘れてた……」
イラリオさんははっとしたような顔をして、続いて気まずげに頭を掻く。
「もぉー! 多分これ、落ちないよ」
「だから、悪かったって」
私達の様子を見ていたロベルトさんがふうっと息を吐く。
「全く、どっちが子供かわかりませんね」




