(6)
その後連れて行かれたのは大きな建物だった。黄土色をした石造りで、等間隔に並んだ太い石柱や屋根の上には至る所に精緻な彫刻が施されている。
「レオ、ここは何?」
「ここはセローナ大聖堂だよ」
イラリオさんは私の手を引きながら答える。
「セローナ大聖堂……」
首都チェキーナ大聖堂に比べればやや小規模であるものの、セローナ大聖堂もとても大きな建物だった。
私達の国、アリスペン王国は国土全体が五つの地区に分かれている。その五つの地区にはそれぞれ中心となる大聖堂があり、ここセローナ地区の場合はセローナ大聖堂だ。
「礼拝するの?」
「いや、違う」
イラリオさんは慣れた様子で大聖堂の入り口を開ける。その瞬間、まるで何かに包まれるような不思議な感覚がした。
聖堂の中には無数の光が漂っており、すぐにそれは精霊達だとわかった。虹色に輝いているので、光の精霊だろうか。
[おかえりー]
[おかえりー]
聖堂に入ってきた私達に気付いた無数の精霊達が私に向かって笑顔でそう呼びかける。
(……おかえり?)
精霊達の言葉の意味がわからず、私は戸惑った。
私の母はセローナ出身だった。だから、私の生まれはセローナだ。精霊達はもしかして、そのことを知っているのだろうか?
「なんだか今日は精霊が多いな」
イラリオさんも精霊の気配を感じているようで、立ち止まって宙に視線を投げる。
そのとき、奥からカツンと音がした。
「精霊達が大歓迎しているので誰かと思えば、イラリオ殿下ではございませんか」
私ははっとして声のした方向に目を向ける。そこには、白髪頭に長いおひげを生えした穏やかな雰囲気のおじいちゃんが立っていた。くるぶしまである白い服の胸にはここの大聖堂の入り口に描かれていたのと同じ、花の印が入っている。
(殿下? なんで、イラリオさんが殿下なんだろう? それにあの印、どこかで見た気が……)
どこで見たんだっけ?と考えるけれど思い出せない。
横にいたイラリオさんが懐から何かを取り出して、おじいちゃんに差し出した。
「〝殿下〟は止めてください、ブルノ大司教。ご無沙汰しておりました。お預かりしていたこれをお返しします」
私はイラリオさんの手元に目を向ける。そして、はっとした。
(そっか、あのときの花だ)
そのおじいちゃん──ブルノ大司教の胸に描かれた印は、イラリオさんが持っていた聖石が反応したときに現れた花と一緒なのだ。大きな四枚の花びらを持った、ゴデチアに似た花。
「俺の力不足のせいで、かわいそうなことをしてしまいました」
イラリオさんは聖石をブルノ大司教に手渡すと、唇を噛んで俯く。
「話は聞いています。残念なことです」
ブルノ大司教も沈痛な面持ちを見せる。
何が残念だったかなんて聞かなくてもわかる。きっと、私のことだよね?
あー、本当にごめんなさい!
アリシア、目の前にいるんです!
居心地悪げにしていると、ブルノ大司教はふと私へと目を向ける。
「もしやその子が?」
「はい。聖女候補だったアリシア=エスコベドの妹です。アリエッタといいます」
「ああ、やっぱりそうでしたか。小さい頃のお母さんにそっくりです」
ブルノ大司教は何かを懐かしむように目を細める。一方の私は、ブルノ大司教の話に驚いた。
「おじいちゃん、お母さんのこと知っているの?」
「もちろんです。この辺に住んでいる子供は皆、大聖堂に併設された学校に通いますからね。マノアは素直で本当に可愛らしい子でしたよ。そして、少し不思議な子でした」
(不思議……?)
私はどう不思議だったのか聞き返そうとしたけれど、ブルノ大司教が先に口を開く。
「そうだ。アリエッタもうちの学校に通いませんか?」
「学校……?」
私は思わぬ提案に、目を瞬かせる。
「学校。そうだな。エリーは午前中、学校に行くのがいい」
イラリオさんまで名案と言いたげに表情を明るくする。仕事中に私をどうするか心配していたから、預け先が見つかってほっとしている部分もありそうだ。
学校には小さい頃通ったから、正直言うと通う必要はない。だって、知識は十八歳のままだから。
けれど、純粋な善意で私に学校を勧めているブルノ大司教とイラリオさんを無碍に扱うこともできない。
「うん。じゃあ、そうしようかな」
こうして私はまさかの学校に入り直すことになったのだった。