(4)
「ようやく戻ってきて安心しました。書類が山ほどたまっていますよ」
「まじか。代わりにやっておいてくれよ」
イラリオさんはうげっと言いたげな顔をする。
「代わりにできるものは既にやっています。イラリオしかできないものを厳選して積み重ねてあります」
ロベルトさんはにこりと笑みを浮かべる。そして、イラリオさんが連れている私へと視線を移した。
「ところで、こちらのお子さんは? 迷子でしたら、引き継がせていただきますが」
「いや、この子は迷子じゃない。わけがあって俺が面倒をみることになった。名前はアリエッタだ。エリーって呼んでやってくれ」
「え? イラリオが面倒をみることに?」
ロベルトさんはとても驚いたような顔をして、私の顔をまじまじと見つめる。
「イラリオ。全然結婚しないと思ったら、こんな幼児に……。地域の秩序を守る聖騎士団の団員として見過ごせません」
「んなわけないだろう!」
一瞬で顔を真っ赤にしたイラリオさんをみて、ロベルトさんは「ははっ」っと楽しげに声を上げて笑う。
「わかっていますよ。冗談で言っただけです」
ふたりの様子からは、気の置けない間柄であることは容易に想像がついた。
(仲がよさそうだなぁ)
イラリオさんとロベルトさんはその後も少し立ち話をしていたけれど、私の視線にロベルトさんが気付く。
「ああ、ごめんね。お待たせしてしまった。今日はごゆっくりお過ごしください」
にこりと笑ったロベルトさんは、私とイラリオさんに手を振ってその場を立ち去る。その後ろ姿を見送ってから、私はイラリオさんを見上げた。
「仲良しなんですね?」
「ああ。ロベルトは幼なじみなんだ。小さいときからの友人だ。俺がセローナ地区に来ることになったとき、多くの奴らが俺から離れていったが、あいつは自分からついてゆくと手を上げてくれた」
「元々はセローナ地区に住んでいなかったの?」
「俺は王都のチェキーナ出身だ」
「ふうん?」
話を聞く限り、多分イラリオさんとロベルトさんは親友なのかな。でも、『セローナ地区に来ることになったとき、多くの奴らが俺から離れていった』っていうのはどういうことなのかな?
よくわからないけれど、なんとなく聞きづらい。触れてはいけない何かがあるような気がした。
その後、大通りを歩いているとたくさんの人達に声をかけられた。
「団長さん、暫くぶりですね」
「団長さん、顔を見ないから心配していたのよ」
少し進むたびに誰かしらに声をかけられる。そして皆一様に、私のことを見て不思議そうな顔をした。その度にイラリオさんは足を止めてにこやかに対応していた。
「エリーちゃん、これからよろしくね」
「エリーちゃん、困ったことがあったら何でも言うんだよ」
皆さんとても親切で、心配そうな顔をしてそう言ってくれた。
「レオは、みんなから慕われているんですね」
私はしみじみと呟く。少し歩いただけでこんなに声をかけられるなんて、住民の人達がイラリオさんを敬愛していることは明らかだ。
「ここは田舎だからな。王都に比べると、住民達の絆が強いかもしれないな」
イラリオさんは町並みを眺め、穏やかな笑みを浮かべる。そして、はっとしたような顔をした。
「エリー、安心しろ。お前にもすぐに、友達もできるぞ」
どうやらイラリオさんは私が見知らぬ地で友達もおらず、不安に思っていると勘違いしたようだ。私を安心させるように、ぽんぽんと頭を撫でてくる。