(2)
イラリオさんのご自宅は二階建てのお屋敷で、馬車乗り場や厩舎も備えた大きな庭もあった。
道中でイラリオさんはしきりに『俺の家は無駄に広いから、部屋はあるんだ』と言っていたのが納得の、大きなお屋敷だった。
(イラリオさん、聖騎士団の団長ってだけあってお金持ちのご子息なのでしょうか……?)
もしかしたらドアを開けた瞬間、使用人が列を成して待っているとか?
そんな想像をしてちょっとどきどきしていた私は、ドアが開いて別の意味で驚いた。
「ここ、住んでいるの?」
「住んでいるよ。いや、そのだな……。正確に言うと、たまに寝には帰っている」
「…………」
寝には帰っている。まさにその言葉の通りなのだろうな、と思った。
だって、屋敷の中はイラリオさんが使っているという部屋だけが異様に生活感が溢れて乱雑にものが散らばり、その他の部屋はお化け屋敷のようになっていたのだ。
何年間部屋をこのまま放置したのだろうかと呆れてしまうような、積もり積もった埃の山。
「そんなに何年も放置していない。ここに来て以来だから、まだ四年だ」
誇らしげに言っているけれど、ここに住み始めてから一度も部屋のドアすら開けていないということは否定しないらしい。
「これは、まずは掃除ですね」
「そうだな」
私の呟きに、イラリオさんはばつが悪そうに頬を掻く。
どうやら、イラリオさんにはあんまり家事全般の生活力がなさそうだ。
[アリシアー]
とにかく住める状況にしようと掃き掃除をしていると、換気のために開け放った窓から風の精霊達が集まってくる。その中に見知った子を見つけた、私は「あっ」と声を上げる。
「ガーネ、ベラ!」
風の精霊達の中に、首都であるチェキーナでもよく私のところに遊びに来てくれたガーネとベラがいたのだ。
「こんなところまで移動してきたの?」
[僕達は風の精霊だから、風さえ吹いていれば簡単に移動できるよ]
「そっかぁ」
私にとってはとても遠い距離だったけれど、風の精霊達からすればすぐ近くを移動する感覚なのかもしれない。ガーネは私の手元を眺める。
[お掃除しているの?]
「うん」
[僕達も手伝う]
「本当? 助かる!」
[任せてー]
風の精霊達がふわりと飛んで手を振ると、埃が嘘のように消えてゆく。
「わあ、ありがとう」
すごい!
感激していると、精霊達が[どういたしましてー]と嬉しそうに舞う。
(そうだ……!)
せっかく彼らが会いに来てくれたのだから、これはあの日何が起きたのかを聞き出す絶好のチャンスなのでは?と気付いた。
「ねえ、みんな。あの日なんだけど、何が起こったの?」
[あの日って?]
「私がこんな姿になっちゃった日」
[ああ、あれはねー]
風の精霊達が説明し始めようとしたそのとき、部屋のドアをトントンとノックする音がした。
「エリー。俺の作業は済ませてきたぞ。こっちの進みはどうだ──……って、もう終わったのか!? 早いな」
別の場所の片付けをしていたイラリオさんは、私がいる部屋の中を見回して目を丸くする。だって、家を出る前は埃まみれだった部屋の中が、床はもちろん棚の上までピカピカになっていたのだから。
「すごいな。こんな場所まで、どうやって掃除したんだ?」
天井にぶら下がる照明器具に手を伸ばしたイラリオさんは、指先に埃が付かないことを確認して驚いていた。
「ええーっと。椅子に乗っかって頑張ってみまちた!」
みまちたって何? みましたでしょ! っと心の中で自分に突っ込みを入れる。
わざとじゃないの。推定六歳児、舌が回りにくくて喋りにくいの……!
「そうか、偉かったな。でも、椅子の上に乗っかると落ちたときに大怪我するかもしれないから、今度からは俺にいうんだぞ」
「うん」
そんなこんなで、到着初日は掃除をしたり、洗濯したり、片付けをしたりしていたらあっという間に夕方になってしまった。
「夕飯、ありものでいいか?」
干し終えたタオルを畳んでいると、イラリオさんがひょこりと顔をだす。私は「もちろん」と答える。
二十分ほどすると、「できたぞ」とイラリオさんが呼びにきた。
「いただきまーす」
夕食のメニューは帰ってくる途中に買ったパンとスープの質素なものだ。本当にありものを突っ込んだようで、人参やじゃがいもは皮も剥かずに切ってそのまま投入されていた。
味は……塩味だろうか?
突っ込みどころ満載の料理だけれど、これは突っ込んでいいのだろうか。作ってもらった手前、突っ込んじゃだめ……?
悶々としながらイラリオさんを見ると、ちょうど顔を上げたイラリオさんとバチッと目が合った。
「すまん……、料理は苦手なんだ」
私の考えていることを悟ったのか、イラリオさんは気まずそうだ。その表情が普段の凜々しい雰囲気のイラリオさんからは想像できない可愛らしさで、私はぷっと吹き出す。
「美味しいからだいじょうぶだよ」
「そうか……?」
イラリオさんはスプーンで掬った野菜を眺めている。なんだかその様子がおかしくて、私は声を上げて「あはは」と笑う。
(誰かとお喋りしながら夕ご飯を食べるなんて、久しぶりだな)
楽しい時間だったからか、塩味スープはイラリオさんが心配するほど悪くはなかった。