(13)
周囲に散乱したがれきをどかし、必死に叫ぶ。衛兵達も必死の様子でがれきをどかしていた。
──これは駄目かもしれない。
そんな弱気な考えが脳裏を掠めたそのとき、どこからか「にゃー」と猫の声がした。
周囲を見回すと、黒い猫ががれきの上にちょこんと座っているのが見えた。俺と目が合った猫は、下を気にするような仕草をする。
「っつ! アリシア!」
そこに、人影らしきものを見つけ、慌てて駆け寄る。
「違う。アリシアじゃない」
そこに倒れていたのは、どこかアリシアに似た面影のある小さな女の子だった。
◇ ◇ ◇
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周囲は見渡す限り、森だった。上を見上げれば生い茂る葉の合間から、優しい木漏れ日が降り注いでいる。
『私はどうしたってあなたの元へはいけません。この子はひとりで育てます』
『しかし──』
『大丈夫。あなたはこんなに可愛い宝物を私にくれたのだもの』
ぼんやりと見えるのは、若い男女だった。
(お母さん?)
どこか泣きそうな顔をして男性と話しているのは、お母さんに見えた。けれど、私の記憶の中にいる母の面影よりもだいぶ若い。きっと、今の私と同じ位の年頃だ。
(綺麗な人……)
母が見つめる男性を見て、そう思った。
まるで彫刻のように美しい人だ。長い銀髪がさらりと顔にかかっているけれど、凜々しい雰囲気から男性だとすぐにわかる。
その男性は、母が胸に抱く私を見つめていた。そして、まっすぐに私を見つめるその瞳は──。
『この子の瞳は、まるで金の星のようね。あなたと一緒』
お母さんは愛おしげに私を見つめる。その言葉を聞き、男性の輝くような金色の目が優しく細まった。
『ああ、そうだね。どこにいようとも、この子は私の愛し子だ』
男性がそっと手を伸ばし、額に優しく触れる。
『この子に祝福を』
男性が片手を振ったのと同時に空から目映い光の雨が降り注ぐ。さっきまではふたりの声しか聞こえなかったのに、周囲から一斉に[おめでとうー]という精霊達の歓声がたくさん聞こえてきた。
『イリス』
男性が背後に向かって呼びかける。
『どうか、私の代わりにこの子を守っておくれ』
『わかったにゃん。まかせるにゃん』
男性の肩にトンっと黒い猫が乗っかり、私の顔を覗き込んだ。
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長い長い夢を見ていた気がする。
目を開けようとまぶたに力を入れようとするけど、なんだかとても重い。
「おいっ、意識が戻りそうだ! 医者を!」
誰かの声が聞こえた。そして、額を触れられる感触。さっきの男の人よりも固くてゴツゴツした感触だけれど、優しさを感じたのは同じだ。
ゆっくりと目を開ける。最初に目に入ったのは、シンプルなランプがぶら下がった真っ白な天井。そして、こちらを心配そうに見つめるイラリオさんの顔だ。
「よかった。意識が戻った!」
イラリオさんは私を見つめ、どこか泣きそうな顔をする。
(イラリオさん? ……あっ!)
残り時間は僅かだったのに、寝てしまうなんて!
私は焦ってがばりと起き上がる。
「薬! エリクサー!」
大きな声で叫ぶと、イラリオさんを始めとする、その部屋にいた人が一様に沈痛な面持ちをした。イラリオさんがそっと私の手に大きな手を重ねる。
「落ち着いて聞いてほしい、お嬢ちゃん」
(お嬢ちゃん?)
今までにない呼び方に、私は戸惑ってイラリオさんを見返す。
「アリシアは今回の件に心を痛めて──。その……、残念な結果になった」
「はい?」
意味がわからず、私はこてんと首を傾げる。
私が残念な結果になったとは一体?
「だが、お嬢ちゃんのことは俺がきっちりと面倒を見てやるから安心してほしい。アリシアの大事な妹だもんな」
「……妹?」
私に妹はいませんけど?
どういうことか聞き返そうとしたそのとき、自分の手が目に入った。
(あれ……?)
それは、どう見ても小さな子供の手だった。グーパーすると意志に合わせて動くので、間違いなく私の手だ。
「か、鏡!」
部屋の端に洗面台と鏡があるのを発見した私はそこに駆け寄る。後ろからイラリオさんが「お嬢ちゃん、まだ無理するな」と止めようとするのが聞こえた。けれど、それどころではない。
鏡を覗き込んだ私は、信じられない光景に呆然とする。
「うそっ!」
そこに映っていたのは、せいぜい五、六歳程度にしか見えない子供の姿だった。
幼児化したアリシア、どうなる!?
明日から2章です。
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