(11)
◇ ◇ ◇
「明日でちょうど一週間か……」
私は先ほど調合した薬の残骸を、半ば諦めの気持ちで見つめた。
自分で言うのもなんだけど、薬師としての腕はいいほうだと思う。私の作る薬はよく効くと、町でも評判だった。その知識を総動員して調合したけれど、エリクサーはできていない。
残るチャンスはせいぜいあと一回。そこで時間切れだ。
(なんでこんなことに)
この一週間、何度したかわからない問いを自分の中で投げかける。
絶望から、目から涙がこぼれ落ちそうになった。
[アリシア、どうしたの?]
周囲をふわりふわりと光が舞い、精霊達が心配そうに顔を覗き込んでくる。
[アリシア、悲しいの?]
[泣かないで]
他の精霊達もいつの間にか集まってきて、周囲に集まっていた。
「家に帰りたいの」
私は思わず、弱音を吐く。
[アリシア、ここに居たくないの?]
[ここが嫌いなんだね?]
[じゃあ、帰ろうよ]
精霊達が口々に言う。
「だめなの。このお薬を完成させないと、帰れないの」
[お薬? なんでー?]
「それは──」
私は言葉を詰まらせる。精霊達は私をじーっと見ていたけれど、あっけらかんと笑った。
[わかった! じゃあ、イリスにも手伝ってもらおうよ]
[アリシアの望む薬ができますようにー]
精霊達がきゃっきゃとはしゃぎながら、黒猫のイリスの元に集まる。
「明日で一週間かにゃ?」
イリスはのんびりとした様子で顔を上げ、私に尋ねる。
「うん、そう」
「そうかにゃ。じゃあ、そろそろ呼びに行ってくるにゃん」
(呼びに行くって、何を?)
聞く間もなくイリスはすっくと立ち上がり、少し開いている窓から外へと出て行く。
「イリス!」
ここは三階だったはず。確か、屋根が付いてはいたはずだけど滑り落ちて大怪我でもしたら大変だ。
慌てて窓際に駆け寄ったが、イリスの姿は既になかった。
(あれ? いない?)
そう思ってきょろきょろしていた私は、目の前に突如現れたものに驚きのあまり目を見開いた。
(何、これ……)
そこには、見たこともないような姿をした大きな生き物がいた。
獅子のような顔の周りを覆う長い銀色のたてがみは月光を浴びて雪原のように鈍く光り、その背からは冬の湖畔に舞い降りる白鳥のように大きく白い翼がついていた。体長は数メートルある。
(もしかして、聖獣?)
初めて見る獣だけれど、すぐに聖獣だとわかった。近づいただけで、恐れ多くなるほどの神聖力を感じた。
「俺の助けを望んだだろう」
聖獣がゆっくりと口を開く。
(助けを望んだ?)
何のことだかさっぱりわからず、私は体を硬直させる。
一方の聖獣は、私の握りしめているエリクサーへと鼻を寄せた。
「これではエリクサーは作れぬ」
そして、私の顔を見つめる。
「話はイリスから聞いた。そうだな……、お前は一時的に保護を得られる別の人間になればいい」
「別の人間?」
意味がわからない。何の話をしているのかと聞き返そうとした次の瞬間、手に持っていた作りかけのエリクサーから目映い光が発せられた。
(な、何?)
眩しすぎて目が開けられない。
私はぎゅっと目を瞑る。そして、そのまま意識を手放した。