(10)
「証明する方法などないでしょう」
先ほどの司教が勝ち誇ったようにこちらを見る。
そこでようやく口を開いたのは、ここで最も権力のある国王陛下その人だった。
「その娘が聖女の神託を受けたと証明する方法は本当にないのか?」
「あるとすれば、聖女のみが作ることができるという伝説のエリクサーでも作ってみせることくらいですよ。なにせ、薬師だそうですから、薬を作るのはお手のものでしょう?」
私のことを偽物扱いした司教が言う。
──作れるわけがない。お前は偽物だ。
司教は直接口に出さないものの、明らかにそう言っていた。
「よかろう」
国王陛下は頷く。
「では、お前は一週間以内にその〝エリクサー〟とやらを作ってみろ。作れたら無罪、できなければ国を欺き混乱に陥れようとした罪で死刑だ」
私はひゅっと息を呑む。
(死刑? 死刑って言ったの?)
「父上、それはさすがに──」
「陛下、エリクサーとは伝説の──」
行きすぎだと感じたヴィラム殿下や司教のひとりが口を挟もうとする。しかし、国王陛下は冷ややかな視線と共に、口出ししようとした司教に豪華な剣の刃先を突き付けた。
「黙れ。それとも、お前も共謀者か?」
その場がシーンと静まりかえった。
(どうしよう)
想像すらしなかった急展開に、恐怖で体が震える。
ついさっきまでは、聖女に選ばれる人の神託はどんなに素敵な景色なんだろう?なんて、呑気に考えていた。これが終わればすぐに家に帰れると思っていたのに、こんなことになるなんて。
「お願いです、ちょっとだけ待ってください。まずはイラリオさんに──」
「それは許可できない。イラリオに相談して何か悪さを企む恐れがあるからな。接触は厳禁だ」
国王陛下は冷たく言い放つと、氷のように冷たい視線を私に向けたのだった。
◇ ◇ ◇
部屋に戻ってからも混乱が収まらない。
「一週間以内に、エリクサーを作らないと死刑?」
エリクサーとは、かつて聖女が作ったという伝説の万能治療薬だ。どんな難病も治すことができる、まさに聖なる加護を得た薬。
「そんなの、作れるわけがないじゃない!」
誰も作ることができない薬だからこそ、伝説と言われているのだ。作れと言われてすぐに作れたら苦労しないし、世界中の医者は全員廃業だ。
にわかに部屋の外が騒がしくなる。
外を守る──というのは建前で、実際は私が逃亡しないように見張っている衛兵の声と誰かの怒声が聞こえてきた。
(あれ、この声って……)
外で「ふざけるな」と怒鳴っている声に聞き覚えがあり、私ははっとする。
次の瞬間、部屋のドアが勢いよく開く。そこから中になだれ込んできたのはイラリオさんだ。
「アリシア、大丈夫か?」
イラリオさんは酷く青い顔をしていた。きっと、聖女光臨の儀での一連の出来事を聞いたのだろう。
「閣下、いけません。閣下とこちらの女性の面会は──」
「黙れ!」
後ろの衛兵が焦ったように言いつのるのを、イラリオさんが恫喝する。
「アリシア、もうこんなところには用はない。帰ろう」
「閣下、いけません!」
衛兵が再度イラリオさんを止めようとしたとき、「騒がしいと思ったらお前か」と彼らの背後から声がした。衛兵達がはっとしたように頭を下げる。イラリオさんはしっかりと直立したまま、そちらを見据えた。
「陛下、アリシアを解放してください」
イラリオさんがそう言った瞬間、国王陛下は不愉快げに目を眇める。
「口の利き方に気を付けろ、イラリオ」
「…………。陛下、アリシアを解放してください。お願いします」
イラリオさんは唇を引き結ぶと、片膝を突いて国王陛下に跪く。それを見た国王陛下は満足げに口の端を上げた。
「忠臣の願いを聞き入れたいのは山々だが、それは聞けぬ。その女は、恐れ多くも精霊神様のお言葉を直接聞いたなどと言い、偽物であるにもかかわらず自分こそは聖女であると虚偽の申告をした。国家のみならずこの世界を混乱に陥れる大罪だ」
国王陛下は一呼吸おき、言葉を続ける。
「だが慈悲深い私はチャンスをやった。もしも精霊神の言葉を本当に聞けるほどの聖女であるならば、伝説のエリクサーも作れるはずだ。よって、一週間以内にエリクサーを作れれば聖女であると認める。できなければ、犯罪者として火あぶりの刑に処す」
「無茶苦茶です! エリクサーは伝説の薬だ。それは陛下もわかっているでしょう!」
声を荒らげたイラリオさんの腕に、バシンと何かが当たる。国王陛下が腰から下げていた剣の側面部だった。イラリオさんの顔が苦痛に歪む。
「口の利き方に気を付けろと言ったばかりだぞ。お前には私に意見する資格はない。伝説というならば、精霊神様の言葉を聞くことができた聖女もまた伝説だ」
国王陛下はそばで立ち尽くす衛兵に視線を向ける。
「つまみ出せ」
国王陛下がそう命じると、複数の衛兵がイラリオさんの両脇を抱えて引きずり出そうとした。ドアが閉じる間際、イラリオさんとしっかりと目が合った。
──必ず助けてやる。
まっすぐな眼差しは、そう言っている気がした。