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第1章 聖女候補のはずが、絶体絶命の大ピンチです(1)


 チクタクと時を刻む時計の音が、異様に大きく聞こえる。


(どうしよう、どうしよう……。早くしないと)


 落ち着け、落ち着くのよ。


 必死に自分に言い聞かせるけれど、ますます焦って手元が震える。私はその手をぎゅっと握りしめて、必死に震えを抑え込む。


 土カエルのエキス、マンドレイクの根、月光花に溜まった朝露、黄金蜂の集めた蜂蜜……。

 これまでの薬師としての経験と知識から、考えに考えて決めた材料だ。いくらか震えが治まってきた手で、それらをすり鉢の中へと入れてゆく。


「あっ!」


 手が滑り、一部が床へとこぼれ落ちる。


「もったいない」


 材料はあと少ししか残っていないのに。

 試行錯誤できるのも残り数回だろう。慌ててしゃがむと、床に散らばった魔法薬の材料を拾い集める。

[アリシア、なんでそんなに焦っているの?]

[ねえアリシア、遊ぼうよー]


 ほんのりと輝く光が、ふわりふわりと周囲を飛ぶ。その光はゆっくりと地面に落ちると、ぽんっと小さな子供の姿が現れた。


「ごめんね。今、遊べないの」

[なんでー?]

「明日までにお薬を完成させないと、大変なことになっちゃうんだよ」

[大変なこと?]


 手のひらに載るサイズの小さな子供──風の精霊達は不思議そうに目を瞬く。大きな水色の瞳が、こちらをじっと見つめている。


(なんでこんなことに)


 なんの邪念もない瞳を見ていると、思わず涙がこぼれ落ちそうになる。私はこんなこと、一切望んでいなかった。ただ、本当のことを本当だと言っただけなのに。


「うん、大変なこと。だから、もうちょっとだけ待っていてね」


 私は袖口でぐいっと目元を拭うと、努めて明るくへらりと笑う。


[そっか。じゃあ、イリスと遊ぶ]

[イリス、遊ぼうよ]


 精霊達は少し不服そうな顔をしたけれど、すぐに作業台上に横になりながらこちらの様子を窺う黒猫──イリスの元へと飛んでゆく。


「今、忙しいにゃ」


 イリスは片手をくいくいっと振る。どうやらそれが遊べないの合図らしい。


[えー。うそだあ、今寝てたじゃん]


 精霊達は頬を膨らませると、イリスにぽんっと乗っかる。


[遊んでー!]

「やめるにゃー!」


 イリスはたまらず逃げようとするけれど、端から見ると黒猫と精霊達がじゃれているようにしか見えない。その可愛らしい姿を見ていたら、重圧で押しつぶされそうになっていた心が少しだけ軽くなるのを感じた。


(さっ、早くしないと)


 私は止まっていた手元に視線を移し、作業を再開する。

 なんとしても今日中に伝説の魔法薬〝エリクサー〟を完成させないと。


 ──もし失敗すれば、私は国家反逆罪の重罪人として処刑されるのだ。


    ◇ ◇ ◇


 ことの発端は、二カ月ほど前のことだった。


 町外れの森の近くで薬師として細々と生計を立てている私──アリシア=エスコベドは、いつものように森に薬の材料を集めに行っていた。


「今日もたくさん見つかったわ。イリスやみんなのお陰ね、ありがとう」


 右手に持つ籠の中身を確認し、口元を綻ばせる。

 籠には溢れそうな程にたくさんの薬草類が入っていた。

 二時間ほど森の中を歩き回り、蜘蛛の糸から幻想茸まで色んな種類の薬の原料を採ることができた。予想以上の収穫に、大満足だ。


「どういたしましてにゃ」


 イリスは長い尻尾をゆったりと揺らして返事をする。


[よかったね、アリシア]

「うん、みんなが探すのを手伝ってくれたお陰だね」

[僕達役に立った?]

「それはもう、大助かり!」

[わーい。わーい]


 私の周囲を柔らかな黄緑色の光と共に、可愛らしい子供達が舞う。彼らは風の精霊で、こうして風に乗ってはふわりふわりと宙を漂うのだ。



 お喋りをしながらだと、片道三キロの距離はあっという間だ。


(あれ? お客さん?)


 見慣れた赤い屋根を見つけてほっとしたのも束の間、私はおやっと思った。家の前に、ひとりの男性が立っていたのだ。


(誰かしら?)


 遠目にその男性を見つめる。とても背が高く、がっしりとした精悍な印象の男性だ。


(あれは、騎士様かな?)



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