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2 嫁ぐ前にやることがあります

堅牢な石造りの城。夏の強烈な日差しや、天空から降り注ぐ矢の雨は通さない代わりに、冬の冷気はやすやすと通してしまう。分厚い絨毯や巨大な暖炉で暖をとっても、ここはほかの建物より寒い。アリアは歯をかちかちとならしながら、急ぎ足で自室へと歩く。きつくケープを肩に巻き付け、アリアは細い階段を昇った。




 焦げ茶の分厚い扉にたどり着くと、アリアはすばやくそれを押し開ける。中に滑り込むと、ふかふかの絨毯が冷え切った足を包んだ。大きな暖炉は寒々として、黒い薪が数本転がっている。エールが火を起こしてくれていることを期待したが、部屋に戻ることを知らせていないのだから、部屋が温まっていないのはあたりまえだ。




 アリアは暖炉の傍にしゃがみ込み、無機質な丸太の上に両手をかざした。


(これをするのも最後だわ)


 アリアは名残惜しい気持ちで、心の中でそっと念じた。ぼっと音がして、薪から明るい炎がくゆり始める。火炎魔法。アリアが最も得意とする業だ。




 楽し気に揺れる魔法の炎を見つめながら、アリアは物思いにふける。


(いつかは嫁がなきゃだったけど、まさかこんなに早いとは思わなかったな)


 ぎゅっと目を閉じると、冷え切った睫毛がぱさりと下まぶたに触れる。


(しかも、嫁ぐ相手が軍神殿だなんて……)




 青の軍神。




 王国付き騎士団の団長であり、その軍功から「青龍」の位を授かった男。アリアよりも二つ年上の20歳で、その容姿は目を見張るばかりだという。巷に流れる下世話な噂にはとんと興味のないアリアだが、それでも青の軍神の噂はしょっちゅう耳にする。




 二年前に終結した大戦で、最も多くの敵軍を葬った。敵将軍は彼の姿を見ただけで恐れをなし、剣を振るうことも出来なかった。数ある噂の中でも、しきりに若い使用人たちがささやいているのはやはり、その端麗な見た目のことだった。


 漆黒の黒髪に、狼のように鋭いブルーの眼。がっしりとした体つきに、見上げるほどの上背。縁談の申し入れは数多くあるが、全て断っているそうだ――。だれか心から思う人でもいるのだろうか、等々。




 莫迦らしい噂だ。全てを信じているわけではないが、全く興味がないと言えば噓になる。実際、それほどまでに有名な男はどんな風貌なのか知りたいという欲求はあった。こんな風に、強制的に知らされることになるとは思わなかったが。




 炎が大きくなり始めたころ。




 アリアはようやく立ち上がり、タペストリーで覆われた壁に手をついた。排煙口から、暖炉の煙が流れていく。魔法で冷気が入ってこないように工夫されているそうだが、なぜか城の窓にこの魔法はかかっていない。




 ゆっくりと部屋を横切り、アリアは鏡台の前に置かれたマントルピースに腰を下ろす。鏡の中に映った自分を見つめると、アリアは引き出しの中から大きな金のハサミを取り出した。膝の上にハサミを降ろすと、アリアは自分の髪を掬い上げた。




 大きな紫の瞳は父譲り。この頑固さも、意地の張り方も、父と同じだ。けれど、この髪は母譲りだ。アリアの幼い頃にドラゴン疱瘡で亡くなってしまったが、母とアリアの顔かたちはよく似ているらしい。腰まで届く淡いブロンドの髪は、よく手入れされたつやつやと輝いている。少し輝きが強いように感じるのは、この髪にアリアの魔力が込められているからだ。




 髪を整えるときは、魔力が零れてしまわないように細心の注意を払う。魔法が掛けられたハサミで、丁寧に丁寧に整えていくのだ。しかし、このハサミはなんの魔法もかかっていない。何の変哲もない、普通のハサミだ。




 アリアはぎゅっと唇を結び、髪を肩のあたりでぎゅっとまとめた。膝の上に載せた大きなハサミを手に取り、アリアは何の迷いもなく二つの刃を大きく開く。


「――今まで、いろいろありがとう」


 そうつぶやき、アリアは毛束をハサミで大きくつかんだ。




 じゃきん。




 金の大きな毛束が、床に落ちた。不揃いな髪に、何度もハサミを入れる。じょきじょきと切り終わった後、アリアは静かにハサミを置いた。


 鏡を見ると、そこには別人のような自分がいた。光り輝いていた髪は、どんどん光を弱めていく。「普通の」金髪になってしまった髪を、アリアはそっと指で解いた。後悔はしていない。これでよかったのだ。


(掃除しないと)


 エールが来る前に片付けなければならない。こんなアリアの頭を見たら、きっとエールは気を失ってしまう。




 マントルピースから腰を上げようとしたそのとき、部屋の扉がすさまじい音を立てて開いた。ぎょっとして振り返ると、そこには目を血走らせた使用人の少女が立っていた。


「お嬢さま! 私もご同行させてください――ぎゃあっ!!」


 大きな悲鳴が、城中にこだました。

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