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1 借金返済のために売られることになりました

「すまないアリア、本当に申し訳ない」




 それは、突然のことだった。真っ青になって震える父を、アリアは呆然と見つめる。武勲を得て伯爵の地位まで上り詰めた父を、アリアはとても尊敬していたし、憧れさえも感じていた。その父が、アリアの目を見つめ、小刻みに震えている。




「――借金って、どうして。いつ? 誰に?」


「話せば長くなるんだが、アリア。本当に許してくれ」




 話が見えてきたころには、アリアも真っ青になって執務室の椅子に倒れ込むようにして腰かける。


(どうやら私は、青の軍神に売られるみたいね)


 すぐには何も考えられなかった。石になったようにぴくりとも動かなくなったアリアを見て、父が慌てて使用人に紅茶を持ってくるように命令する。それをぼんやりと視界の隅でとらえながら、アリアはそっと息をついた。


(私、これからどうなっちゃうの)




「父上、つかぬことをお聞きしますがこの結婚。まさか、代理婚姻ではありませんよね……?」


 長い沈黙が訪れた。アリアは目を閉じて、椅子の背もたれに体重を預ける。


(最悪だわ。父には借金の返済しか理がないってわけね)




 この話を聞くだけで、大公家の思惑が透けて見える。


 代理婚姻。つまりアリアを嫁がせるのは、事実上では大公家。アリアの生まれ育ったバレンスタイン家ではない。家財の没収という手もあったのに、わざわざアリアを選ぶあたり……変だ。




(おかしいと思っていたのよ。1000ダールなんて大公家にしてみれば安いものなのに。私を売らせるほどのことじゃないわ)




 大公の狙い――アリアを出汁にして、膨大な支度金を手に入れ、なおかつ有能な王国付き騎士団とのつながりを作ること。隣国のストリアとの小競り合いが増えている今、味方は少しでも多い方がいいというわけだ。




 もちろん、父を責めるわけにはいかない。父が責任を感じる必要は全くないし、アリアに詫びる必要もない。そう。今年の夏に発生した大干ばつによる、農民の飢饉を解消するため、大公家に1000ダールもの大金を借りたというだけのこと。仕方のないことだった。父は、領主として、そして伯爵として、そうしなければならなかった。




「いつか必ずおまえを取り戻す。それまでどうか、持ちこたえてくれないか」


 父は必死だった。アリアは父の必死の頼みを断るような、親不孝者ではない。この話を聞かされた瞬間からアリアの心はすでに決まっていた。


「父上」


「なんだ?」


「私のことはもう、お忘れになってください」


「……何を言っているんだ」




 アリアは浅く息を吸い、声が震えないように腹に力を籠める。


「私のことを取り戻そうとしてくださらなくて結構です」


「意味がわからない。アリア――」


 悲痛な声を上げる父を、アリアは目で制した。


「私が軍神殿に嫁げば、1000ダールの借財はちゃらになるのでしょう? これ以上父上が苦しむところは見たくありません。ですから、私を売っ――捧げたと思って忘れてください」


 ひたと父を見据える。アリアの覚悟は決まっていた。アリアを嫁がせようとしているのは大公家。アリアを取り戻すということは、このバレンスタイン家よりもはるかに大きな力を持つ大公家に逆らうことと同じ。父はアリアを差し出すというだけでなく、さらなる重しをのせられるかもしれないのだ。




「アリア、考え直してくれ。私のことは心配しなくていいんだ。娘を差し出すことしかできない愚か者だが、娘を見殺しにするほど落ちぶれてはいないぞ」


「父上、私の願いはバレンスタインの末永い繁栄と名誉です。語弊はありますが、私を見殺しにしてほしいのです!」




 アリアと伯爵はにらみ合った。しかし、こういう局面でアリアが負けたことはない。やがて父はゆっくりと、そしてとても悲しそうに、アリアから目をそらした。




「……わかったよ、アリア。それがおまえの願いなら、父親としてかなえてやらねばなるまい」


「ありがとうございます。――私がどんなに強いかおわかりでしょう? 軍神殿には屈しませんから」


「そうだな。おまえの胆力は私以上かもしれないな」




 寂し気に微笑んだ父に、そっと頭を下げた。深く丁寧に、伯爵家の令嬢らしく。自分の運命を受け入れる証。アリアは父には見えないように、ぐっと唇をかみしめた。


(アリア・バレンタイン、父上の役に立つのよ)




 ちりん、と場違いなベルが鳴った。使用人が遠慮がちに、執務室の扉を開けて顔を覗かせた。


「失礼いたします。紅茶をお持ち致しました」


「うん? ……ああ、そうだったな」


「ありがとう」


 使用人は机の上に銀のトレーを乗せて、素早く下がっていった。紅茶を頼んだことなど忘れていた。アリアはそっとカップに手を伸ばし、アリア好みに作られたとびきり甘い紅茶を立ったまま大急ぎで飲み込んだ。




「では、失礼いたします」


 アリアは膝をおり、素早く執務室から抜け出した。一刻も早く自分の部屋に戻りたい。これからアリアには、やるべきことがいくつもあるのだから。




 

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