プロローグ
昔昔あるところに一人の無能な男がおりました。
窓の外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
子供の騒々しい笑い声が互いに呼応している。
現時刻8時3分、ネットゲームに一段落つけPCの電源を落とす。
階下から母親が自室へ向かう足音を響かせる。
万が一にも母親に自分の気配を悟られたくない、そんな意味もわからないプライドから毎朝決まった時間に息を殺す。
「起きてる?朝ごはんここに置いておくから」
母親は8時10分に家を出、仕事に向かう。
そしてその数分前に決まって朝餉を持ち現在無職の息子の部屋の前に置きに来る。
10年間そうしてきた。
俺は決まった時間に息を潜め、母はそんな俺の元へ毎朝食事を届ける。
10年前に高校での生活に耐えられなくなったあの日から母は毎朝俺に声をかけ、父は俺を見限るようにいないものとして扱った。
憂鬱だ……。
最近では父は俺の部屋の襖の前で何かをブツブツ言うようになった。
小さくて聞こえないがただの恨み言のような念仏のような。
きっともうすぐ30になろう俺を追い出す算段でも立てているのだろう。
つい最近35歳の姉が実家に帰省してきた。
その時、盗み聞きした会話によればこの家は俺の存在によってすぐに首が回らなくなるという姉からの忠告だった。
きっといつか追い出されると考えるものの自分から外に出る気にはなれない。
自分を拒絶し自分も拒絶した外界に今更どう接すればいいのか皆目見当もつかない。
最近では姉の言葉を頭の中で反芻し追い出されることばかり意識してしまう。
襖を空け朝餉を手に取る。
「チッ、ナポリタンかよ」
半分ほど食べて残りをキッチンのゴミ箱に捨てポットの湯を沸かす。
その湯をカップ麺の容器に入れ自室へ持ち帰る。
PCを起動させゲームを再開しカップ麺をすすりながら午前中を過ごす。
そして満腹になれば横になる。
いつも通りのサイクルであった。
目を覚ますとカーテンから透けてはいる陽の光はなく時計は午前1時32分を指していた。
スリープ状態のPCを起動させようと体を起こしたその時、ゆっくりと襖が開いた。
息を殺して父親が部屋の中に入ってきた。
「な、なななに勝手に入って来てんだよ!」
落ち着き払った様子で父は後ろにいる何かに話しかけた。
「なんで起きているんだ?」
後ろにいたのは母だ。
母はさぁ?といった表情で父に応える。
両親はこちらに向き直る。
「ちょっと用があるんだ、こっちに来なさい。」
数年ぶりに話した父の声は冷たく重いものだった。
そして父の呼び掛けに応じてはならないと全身で感じる。
眠りにつく前に見ていたカーテンの隙間から流れる陽の光は月の光へと変わっていた。
その月の光は俺の部屋へ一歩踏み出している父の持つ何かを照らしていた。
それは包丁であると俺の脳は理解していた。
理解していたのに動くことが出来なかった。
一体なぜ?なぜ父親は包丁を持って俺の部屋に入ってきた?
一体なぜ、母親はそれをそばで見ているだけなのか。
固まっていると父はもう一歩前へ進む。
「来んじゃねぇぇ!近寄んなぁぁ!」
そんな俺の取り乱す言葉に反して父は俺との距離を詰める。
「お前がいるとダメなんだ」
その言葉を耳にすると同時に床に転げた俺の太腿に包丁が突き立てられる。
「いっア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」
叫ぶ俺に対して父の後ろに控える母は冷静に俺の手を麻縄で縛り口にタオルを詰めた。
父は太腿から包丁を抜き一言、
「悪かった」
続いて母の
「ごめんね」
という言葉を耳にして視界は暗くなった。
そんな無能な男が目を覚ますとそこは森の中だった。




