チャイム
ピロリロリロリーン
ピロリロリロリーン
午後7時過ぎ。
マンション一階のエントランスから、チャイムを鳴らされた。
「ん? あぁ」
俺は長い昼寝から目を覚まして起き上がろうとしたのだが、二度寝の誘惑に負けてしまい、再びベッドに倒れ込んだ。
数分後。
ピンポーン
今度は直接家のチャイムを鳴らされた。恐らく何らかの方法で、エントランスのオートロックを解除して登って来たのだと思われる。
「おーい賢治、起きてるかー? 」
家のドアの向こうから、友達の声が聞こえた。
やばい忘れてた。そういえば今日は、真人と遊ぶ約束してたんだった。
俺は重い腰を持ち上げ、玄関に向かった。
鍵を開けてドアを開く。するとそこには、不機嫌そうな真人が立っていた。
「ごめん、寝てたわ」
「お前なぁ。今何時だと思ってるんだよ」
俺が眠たそうに謝ると、真人は呆れ半分怒り半分で俺を見下ろしてきた。
「ごめんごめん」
「もういいけどさぁ」
俺は軽く平謝りしながら、真人を自分の部屋に通す。
俺は大学生。一人暮らしで家は1K。
今日と明日は学校が休みなので、夜に宅飲みしようぜと昨日真人を誘ったのだ。
「そういや下、開いてたんだな」
「した? 」
「ほら、オートロック」
「あぁ、うん。まぁ」
「すまんな、気付かなくて」
本当は気付いていたという事は、真人には内緒だ。
「もういいけどさ……次は起きててくれよ」
真人は不機嫌そうな声色で注意し、俺と目も合わせずに部屋に入った。
……なんだよオートロック開けなかったくらいでそんなに怒って。こいつ寝不足なんじゃないか?
その後、散らかった部屋を素早く片付けて予備のソファを取り出し、机を部屋の真ん中に移動させ、真人と対面して座った。
すると、しばらくの間真人は携帯を見ていたので俺も携帯をいじる事にした。
気まずい沈黙が流れる。このままではしんどいので、俺は戯けた口調で、
「何か出前するか? ピザとか」
「いや、いい。俺食欲ない」
「じゃあ酒飲むか? 冷凍の唐揚げとビールあるぞ」
「いい。俺今何も食べれない」
「あっそ」
なんか凄い怒ってるなぁ……。もういいんじゃ無かったのか?
「それよりさ、ゲームしないか? 」
真人が顔を上げてゲームを提案してきた。
「おぉ、ゲームね。うん、しようしよう」
本当はお腹が空いているのでゲームなんてしたくないのだが、俺は仕方なくゲーム機を取り出した。
それから、30分くらいゲームした。
何故か真人は見てるだけで良いとか言い出したので、俺がずっとプレイしていた。
俺がゲームをプレイしている間、真人は楽しそうに画面を見ていた。レース系のゲームをしていたのだが、カートが壁にぶつかりそうになると真人は「わぁぁっ! 」とか「ぎゃぁ! 」とか叫んでてうるさかった。というかこいつ、見る専なのか。
俺は流石に腹が減って限界だったので、出前を取る事にした。しかし真人はまだ食欲が無いらしく、俺の分だけを注文した。
料理が届き、机に並べる。メニューはざる蕎麦と天ぷら。そんなに量を頼んでもないのに1200円もするのは流石出前といった感じだ。
とはいえ味はそこそこ美味しかった。特に海老の天ぷらがジューシーで、ざる蕎麦との相性が良い。
食事が終わる頃には9時半を過ぎていた。
今から真人と飲みまくり、泥酔していつの間にか寝ているのがいつもの恒例なのだが、真人が今日はもう寝るとか言い出した。何しに来たんだこいつ。
俺は渋々予備の布団を用意した後、お風呂に入る。
お湯は張らずにシャワーだけ浴びて風呂を上がり、身体を雑に拭いてからパンツだけ履いて部屋に戻ると、真人がいなかった。
「あれ、あいつどこ行ったんだろ」
何も言わずに帰ったのかな。だとしたらもう、あいつとは関わらないようにしよう。
俺は少しイライラしながらパジャマに着替え、冷蔵庫からビールを取り出した。すると、
ピロリロリロリーン
ピロリロリロリーン
マンション一階のエントランスから、チャイムを鳴らされた。
びっくりして心臓がバクバク鳴るのを感じながらモニターを伺うと、そこには真人が映っていた。
真人はなんだか必死な顔をして俺に何かを訴えかけている様に見えたが、モニターの音にノイズがかかっていて聞き取れなかった。俺は妙な違和感を覚えながらも、オートロックを解除した。
そして数分後。
家のチャイムが鳴らされたので、鍵を開けてドアを開けた。
「どこ行ってたんだ? 」
「ちょっと、外の空気を吸いに……」
俺が平静を装って尋ねると、バツが悪そうに真人はボソッとそう呟いた。
「お前ほんと今日、どうしたんだ? 」
「いや、別に。……ごめん今日は寝るわ」
そう言って、すぐに真人は布団に潜り込んだ。
俺は直ぐには眠れず、酒を飲んでのんびりとテレビを見ていたのだが、真人に気を遣って大きな声で笑うこともできず、つまらなくなってきたので寝ることにした。
部屋の明かりを消し、布団に潜る。
段々と睡魔がやって来て、もうすぐ眠りにつくという所で、またエントランスからチャイムが鳴った。
隣を見ると、いつの間にか真人がいなくなっていた。
「なんなんだよ全く」
俺は憤りを感じながらも、モニターに映る真人を確認し、オートロックを解除した。
真人はまた何かを必死に訴えかけるような表情で何か言っていたが、ノイズが邪魔をして何も聞こえなかった。
俺はまた家の鍵を開けてドアを開き、真人を招き入れた。
「お前ほんと、なにがしたいの? 」
「いや、その……」
キレ気味で尋ねる俺に対し、何かを言いづらそうにしながら暗い表情を見せる真人。
「まだ俺が夜まで寝てた事怒ってるのか? 」
「いや、まぁ……」
「はぁ」
自分が悪いのは分かるが、流石にもう疲れた。
「次家出る時は、鍵持ってけ」
俺は鍵を真人に差し出してそう言ったが、真人は受け取らなかった。
もういいやと思い、俺は外部からの情報を遮断するかのように布団の中に潜った。
ドンドンッ! ガシャァン!
「やめろ! やめろぉぉ!! 」
隣から、真人の叫び声が聞こえる。
俺はガバッと布団から身を起こし、隣を確認した。
……隣の布団には、真人が眠っていた。
「ふぅ。なんだ夢か」
なんだか今日は、真人の様子がおかしかったからな。変な夢を見てしまうのも仕方ない。
すると不意に、モニターが光った。
「あれ……? どうしたんだろ」
チャイムも鳴っていないのにモニターが光るなんて、どう考えてもおかしい。
モニターから、ノイズが聞こえる。
ジジッ、ジー、ジー
モニターには、真人が映っていた。
「賢治、早く開けてくれ! 今誰かに追いかけられてるんだ! うっ! うぅ……」
モニターに映る真人は、何者かに首を絞められていた。真人はそのまま意識を失い、そこで映像は途切れてしまう。
「な、なんで真人が、モニターに……、、」
俺はあまりの恐怖に、頭が真っ白になった。手を付き、布団の感触を確認する。
そこにはもう、真人の姿は無かった。
そして次の日、隣の部屋の住人が殺人の容疑で捕まった。
俺があの時、オートロックを解除していれば……。
俺は自分にしか救えなかった友達の事を思い出しながら、家に塩を撒いた。