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ノロカメ

作者: 眞基子

「やあい、またビリじゃん。ノロカメ!」

 柊北斗は幼稚園の頃から運動会でいつもビリだった。小学校に上がっても足の遅さは変わらず、のろまのカメ「ノロカメ」という渾名が付いた。小学校の五年生になった今でも足が遅いのは変わらない。

ある日、母の康子に聞いてみた。

「足が遅いのは遺伝じゃない?お父さんかお母さんの」

「あら、いやだわ。お父さんは子供の頃から俊足で、中学の野球部では盗塁王とまで言われたんだから」

父の岳司と中学の同級生だった康子は、そこに惚れたのよと、息子を前に平然とノロケてみせた。

「と、いうことは、僕はお母さんに似ちゃったんだ」

北斗は小さく溜息を付いた。

「やあねぇ。お母さんだって、そんなに遅くなかったわよ」

と、トーンダウンし慌てて買い物に出かけた。

みんなが北斗のことを「ノロカメ」と呼んでもいじめではなく、仲間内での愛称みたいになっている。そういえばクラスで一番背の高い吉岡君のことを、みんなはノッポッチと呼んでいるし、太っている笹島君のことは、コロコロしているからコロタと呼んでいる。本人達も北斗も気にすることなく、楽しく遊んでいる。ただ、北斗が少し気にするのは大好きな、幼馴染みの洋子ちゃんのことがあるからだ。いつもビリだと引け目を感じてしまう。普段はいいが夏を過ぎると秋の運動会がある。

「ああやだな。運動会なんてなきゃいいのにな」

北斗は、ついつい洋子ちゃん相手に愚痴った。勿論、洋子ちゃんも北斗の足が遅いのは知っている。

「そんなこと気にすることじゃないわよ。北斗君は勉強ができるし、私はいつも凄いなって思ってるよ。人には得手不得手があるんだから」

洋子ちゃんに慰められると、それはそれで情けなくなる。

その秋の運動会も、北斗はビリではなかったがビリから二番目で、ビリと同じようなものだ。仲間達は今更と言うように「やっぱりノロカメだよな」と。

ある日、テレビで地方のマラソン大会をやっていた。北斗は何気なくそれを見ているうちに思い出した。そうだ、来年六年生になると、卒業記念のマラソン大会がある。あと一年。最後にみんなをあっと驚ろかしてやろうと思い立った。

それから一念発起し、学校から帰ったあと、密かに家の裏山を一人で黙々と走り始めた。たいした山ではないが、最初は少し走ったというより早歩き程度だったが、それでも息が上がった。冬はみぞれの中、ウィンドブレーカーを重ね着して走った。ただ、風邪を引き込んだので、黙って応援してくれていた康子に雨の日は止められた。冬が過ぎ、春が過ぎ、夏の暑さにも耐え、秋を迎える頃、北斗はもう裏山を走ることが苦ではなくなっていた。

六年生の卒業記念マラソン大会の当日は秋晴れだった。スタートは校庭に張られたテント前で、周りには在校生が並んでいる。マラソンの距離は、学校を大きく廻り込んでいく一・五キロで、所々に先生が立ち、紙コップの水も用意されている。田舎の学校だが六年生の人数は六十人位いる。在校生の声援に送り出され、一斉に走り出した。最初は元気よく走り出した生徒も、百メートル辺りから少し差が出始め、五百メートルでは大分差が付き始めた。北斗は先頭を走り続けた。先生や応援に駆け付けた村の人達も驚いている。二番に大差を付けて走っていたが、流石にゼイゼイと息苦しくなり、足もふらついてきた。校門前には、校長先生や他の先生達が手を振って待っている。

ふっと後ろで空気が震えた。

「いくぞ」

「えっ」

 北斗の目前にゴールテープが張られている。北斗は両手を高々と上げて飛び込んだ。今年の東京オリンピックは大歓声ではなく、拍手が嵐のように降り注いでいる。

北斗は表彰式の真ん中に立ち、胸には金メダルが輝いている。司会者がマイクを北斗の前に差し出した。

「この金メダルを最初に見せたい人はどなたですか?」

北斗は「こいつです」そう言って、自分の胸を叩いた。

 

 

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