9 幼馴染 再会
「B級ギラーズ。さっさとその迷惑行為をやめてくれないかな?」
「テメェ……前に俺をボコボコにしやがって。あの時の恨みは忘れねぇぞ!」
「ああ、前もこんなことがあってボコボコにしてたね」
ギラーズは下がりながらも怯えた犬の叫び声のように怒鳴る。だが全く臆さずにあぁ〜と思い出したように話すフィエリス。
その事がが気に入らなかったのか、ギラーズはイラつき始めた。
「お前はそうやって力を振りかざして気持ちよくなってるんだろ!」
「勘違いも甚だしい。君が他の冒険者に迷惑かけてるからやってるんだよ。それにこれぐらいの常識もわからないのかい? とにかくこの建物から出てくれないかな?」
「テ、テメェーーー!!」
煽られて一瞬でテンションが戻った。何も言い返せなかった拳のギラーズに魔力が戻る。
言葉が無理なら力で。その短略的な考えで襲おうとするギラーズはしかして、目の前に小さな炎玉が現れたことによって足を止める。
「ッ……!」
「ちなみに」
いや、炎玉だけではない。よく見ればギラーズの周りにいろんな色をした魔法玉が8つ浮いていた。
無詠唱。
短い時間の中で賢者は無詠唱で8つの魔法を発動し、ギラーズに気づかせずに近づけてやったのだ。
並(C級クラス)の魔法使いが無詠唱1つ発動するのに苦労すると聞けば、この男の恐ろしさがわかるだろう。
「君程度の存在なら迷惑をかけずに瞬殺できるよ。わざわざ親切に忠告してやっているんだから、いい加減に外に出たらどうだい?」
「ク、クソッ!」
今度こそギラーズは堪忍したのか。賢者の指示に従って、そのまま出て行った。
「ありがとうございます」
「面倒な男につけられたね。今度あいつに何かされそうになったら、僕の名前を使っておいて」
クラエスはお礼に行きフィエリスと話した後、アレク達の所に来た。
イベントがあったせいで静かなギルド内。
クラエスは気まずくなり、持ってきたDランククエストをすぐにアレク達とパーティを組んで受注した。
「では頑張ってください」
さっきと同じ受付が対応したが、平常運転だった。
こんな事はよくあるのだろうか? いや、それだったらこんな空気にはならないか。
そんなことをアレクは思いながらクエストをクリアするために出口に向かう。
向かおうとして歩き始めたその時だった。
「フィエリス、さっき誰かが急いで出て行ったけど何かあったの?」
青い鎧を着た女性が入ってきたのは。
(あ)
成長して姿こそ変わったが、アレクはすぐに分かった。
顔や声、ファエリスに気軽に話しかけれる人、そして特徴的な髪の毛の赤のライン。
その人の特徴やこの状況での行動を見てアレクは瞬時に回答を得た。
5年前のあの日に別れて以来、一度も会わなかった。
(ミリアだ)
勇者ミリア。
彼女の近くにもう1人銀髪の女性もいるが今はそんなこと気にしなかった。
彼女に声をかけるべきだろうか?
昔のように、「おう!」と気安く呼んで雑談しようか?
(いや、ダメだな)
今の自分と彼女は違いすぎる。
力も、行いも、使命も。
彼女は勇者となってからその務めを一生懸命果たしているのは、村にたまに来る冒険者に聞いて知っている。
それに比べて自分は冒険者になったばかり。
(ミリアと話すのは、それ相応の資格を持ってからだ)
心の中でそう決意した彼は今度こそギルドを出ようとする。
「どうしたんだい? そんなに前の男を見て」
「!」
思った以上に自分は考え込んでいたらしい。
賢者の声で無意識から覚醒して、地面を見ていた視線を上げて前の風景をちゃんと見る。
そして見えたのはこちらを見つめるミリア。
「あ」
目が合ってしまった。
それで声を出してしまう。
今はギラーズの事で周りは静かだ。今の声はさぞかしよく響いただろう。
実際に周りの冒険者から自分達に視線が集中していた。
沈黙が続く。
アレクもミリアも、その他全員何も言わない。
聞こえる音は扉の外から届いてくる騒がしい民衆の声だけだ。
「……」
アレクは声をかけずに前に進む。
アレクが歩くたびに足音が響き、そのまま勇者の横を通り過ぎた。
そして今度こそギルドを出ようとして、
「あなたは何の為に冒険者になったの?」
ミリアが問いかけた。
⭐︎⭐︎⭐︎
昼前に王都につけたフィエリス達は、早速王様に今回の事を報告した。
突然現れた魔獣達。
本来ならこの周辺に出ることがありえない準A級モンスター。
今もまだ逃げている1匹の魔獣。
これらに関する細かいことを報告し、次の策を練る王様と王都の上層部。
ミリア達は報告会が終わって一旦解散となり、元から終わらせていた別のクエストの報告をする為にギルドに向かっていた。
しかし、
(ちょうど見たい店を見つけたから先に行っててか、フリーな時は普通の女性によく戻るものだ)
行く途中、店で買い物がしたいと言い出したミリアは、フィエリスに報告を任せてメリスを連れて中に入ってしまった。
彼女はもともと村出身であり、幼い頃は王都の城で勇者になる為の訓練の日々を過ごしていた。
そのせいか、やることが何もない時は村や街で服を買ったりする。
(まあ、たまには息抜きは必要だろう)
とは言っても勇者の使命を放棄しているわけではない。彼女は今やるべき事はしっかり分かっていて、ほとんど戦闘続きの自分を休めるように、使命に支障が出ないようタイミングよく気分転換をしているのだ。
今は気分転換の時だろう。
(ミリアは時間を上手く使っている。大したものだ)
そう思いながら、彼はギルドへと歩いていく。
そしてギルドの中でギラーズが暴れようとしているのを見て、すぐさま追い出した。
その後クラエスからお礼をされる。今後またちょっかいをされた時に自分の名前を使っていいと教え、一応ギラーズの対策を済ませる。
「君はクエストを報告に?」
「いえ受注をする所ですよ」
「そうか、くれぐれも無理をしないように」
「ありがとうございます。それでは」
そう言って彼女は受付の方へ行った。フィエリスもそれにつられて受付の方を見る。
そこには3人いて、彼らが組むパーティだろうとフィエリスは思った。
(……ん? あの斧を持っている男は?)
その3人組を見てフィエリスはその中の1人が持つ斧に興味を持つ。
あの真っ赤な斧に見覚えがあるからだ。
(あれは昔のA級パーティが持っていた武器のような)
色々調べたがりな彼は、冒険者の歴史にも少しだけ詳しかった。
確か20年以上前のA級パーティにあのような真っ赤な斧を使う男がいたはずだ。
彼ら達がクエスト受注の手続きをしている間、フィエリスは思い出そうと顎に手を当てる。
(確か名前は、ギリア………)
「フィエリス、さっき誰か急いで出て行ったけど何かあったの?」
もう少しで思い出せそうになった瞬間。右から声をかけられた。そっちを見れば、メリアとメリスがいた。
「別に、ちょっとうるさい奴がいたからご退場してもらっただけだよ」
「……ふーん、そう」
ミリアからの怪しむ目線を無視して正面を向ける。その先には手続きを終えてこちらに向かおうとしている彼らがいた。
「あそこにいる4人組の緑の鎧を着た女性が面倒事に巻き込まれていてね、少し助けただけさ」
「へぇ〜、人助けねぇ。その人達は………」
ミリアが急に黙る。そのことを不思議に思ったフィエリスはもう1度顔を右に向けた。
ミリアは既に怪しむ視線は送っておらず、受付の方を見て固まっていた。
(4人組を見て固まったのか?)
興味を持った彼はそのまま、ミリアの目線を追って誰を見ているか探した。その視線の先には奇遇な事に、斧の男だった。
「どうしたんだい? そんなに前の男を見て」
「あ」
そう聞くフィエリスの声に何故か反応したのは斧の男だった。
「……」
沈黙が流れ、何も言わずに歩き出した男。ミリアの横を通り過ぎてそのまま外に出ようとする直前。
「あなたは何の為に冒険者になったの?」
彼に振り返らずミリアは言った。
(ミリア……?)
彼女の唐突な問いに、フィエリスは違和感を感じた。
彼女らしくない問いかけ。だがそれ以外にも何か違うところがある。
「夢だ。昔諦めちまったんだがな」
そして彼もミリアには振り向かずに答える。
そんな彼には目も暮れずフィエリスは原因を探る。
そして表情を見て違和感の正体に気づいた。
(後悔している……?)
何が原因か分からない。だがその表情はそれなりの付き合いでもある自分でも珍しいものだった。
いつも明るいミリア。
その力と性格で周りを笑顔にして行った太陽のような
存在である彼女が暗い時はほとんどなかった。
どんな困難にあっても彼女は諦めずに果敢に立ち向かう。
彼女はそういう人だ。
「でもそれじゃあダメだって思ったのさ。正直出遅れてはいるが、もう1度夢を追いかける」
斧の男は続けて話す。相変わらず問いかけをした理由が見つからないフィエリスだった。
そして一息置いて彼はこちらを振り向いた。
「それでいつか、絶対に夢を叶えてあんたの隣に立つ。待ってろ勇者、俺は絶対に追いつくぜ」
その男はニヤリ顔でそう言い、そのまま出て行った。残りの3人も慌てて外に出ていく。
そして数秒経って。
「「「「ギャハハハハハハ!!!!!」」」」
彼は冒険者達の笑い物にされていた。
「あ、あいつ勇者の隣に立つだって!?」
「無理に決まってるだろ!」
「ああ〜つれぇ。久々に腹が捩れるかと思ったぜ」
大勢の冒険者が彼の夢を馬鹿にする。
無理もない。
勇者といえば人類の救世主そのもの。誰もか辿り着ける境地ではないし、それを冒険者になったばかりの奴が言えるようなものでもない。
調子に乗って馬鹿なこと言った。
たまにいる、自分は特別だと思ってる奴だと思われてしまったのだろう。
誰も彼を庇うことは無く、笑い声が響いてくだけ。
(でも……)
フィエリスは改めてミリアの表情を見る。
そこには先程までの後悔はなく、
「ふふっ……アイツらしいや」
懐かしい親友を思い出したような、明るい笑顔に戻っていた。
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