6 決断
「ここの村は、皆さん明るいですね」
肉屋までの道中、周りを見てネイファはそう思った。
何人かすれ違ったが皆んな笑顔でいる。村は活気に溢れ、騒がしい声がこちらまで届いていた。
「前まではこんなんじゃなかったさ」
「え?」
村の明るさに当たり、自然と笑顔が出ていた彼女に言ったのはアレク。
「闇が空を覆ったあの日に、この村はほとんど壊れちまった。魔物達にな」
「それは……」
明るさに隠れてあまり気にしてはいなかったが、この村は確かに壊れている建物が多い。
周りを見てもどこかに崩壊の跡がある。
「ここはド田舎だからな、元から人手は少なかった。だから時間もたくさん掛かる」
歩きながら遠い目をして彼はそう言った。
「兄貴〜〜〜!!」
「あの子は……?」
前から男の子が走ってくる。見た目は10代前半で、大きな声をしながらアレクに近づいてきた。
「兄貴、今日も仕事するのか?」
「いや仕事はねぇ。今はお使いしてるとこだ」
「へぇ〜、兄貴が仕事しないなんて珍し。……あれ? あんたは誰だ?」
アレクと話していた少年がネイファに顔を向けた。
基本アレクは1人で村を歩くのか、珍しく隣にいたネイファの事に気付いていなかったらしい。
しかしネイファはその事に不満は持たず、笑顔でお辞儀をする。
「ネイファです。僧侶をしていて、昨日この村に来たばかりなんです」
魔獣の事は話さない。
昨日は2人で追い払うことができたが、本来なら村を潰すことができる準B級クラスだ。
この事を伝えたら村に混乱が起こってしまう。それは出来るだけ避けたい。
ただ、あの狼は怪我を治すのに1日以上時間はかかるだろうし、村にいる時はアレクで対応できる。
(それに、この村にはB級の魔物を倒せる元A級冒険者。アレクのお父さんがいますからね)
恐らく私を見てくれたアレクのお母さん。リアスさんもA級クラスの強さだろう。
当たり前のように魔力状態をすぐに観察していたが、あれ程の芸当が出来るのはそうそういない。
「へぇ〜……俺はオーグス! 将来冒険者になる男さ! 兄貴、薪割り500本終わらせてきたぜ」
「昨日の夕方に頼んだのにもう終わったのか、前より早くなってるな」
「ああ、早く兄貴みたいになりたいからな!」
「へへっ、そりゃあいいこった」
仲良く話すオーグスとアレク。2人はそのままネイファそっちのけで話し込んでいく。
近所がどうだとか、彼女がどうだとか。
そんな他愛のない会話が続いていくのは当然、彼女にはつまらないわけで。
「んっふん! ……アレクさん。リアスさんからお使いが頼まれていたのでは」
「……あ〜悪いオーグス。今用事があるから話すのは後だ。それと昨日の切った分あるから、薪割り頼むぜ」
「あ、ああ。分かった」
少し気まずくなったアレクとオーグスは、ささっと会話を終わらせて別れた。
「リアスさんからお使い頼まれているのですから、早くお肉を買わないといけませんよ」
「そうだな……」
「でも、良かったですよ」
説教を食らったアレクは、いきなり褒められた事に驚き彼女を見る。
そこには笑顔でいるネイファがいた。
「オーグス君と話していた時の笑顔。笑顔というのはやはり、いいものですね」
彼女は詠唱をかけた時と同じように優しい笑顔をしていた。
一瞬。
そんなネイファが幼い頃のミリアの姿と被った。
『皆んなを笑顔にする勇者になりたいって』
彼女もネイファと同じで人の笑顔が大好きだったか、それが理由で勇者になりたいと言っていた。
人が喜んでいる姿を見て笑顔になるミリア。
それが今のネイファと重なってミリアがよぎったのだろう。
(いや……平原の時や勇者になった時と同じくらいの身長ってのもあるか)
5年前に王国へと去ったあの日から俺の夢は止まって、
昨日出会った時から再び動き出した。
体の中で冷え切っていた心が燃えている。
昔約束した事を叶えたいと。
俺も勇者としてあいつの隣にいたいと。
(決めたぜ。じっとしてても何もかわらねぇ。俺は彼女を守るために冒険者になる)
⭐︎⭐︎⭐︎
時間は少し立って家の中。アレクはドアの目の前にいた。
ネイファは少し用事があると言って入ってすぐに別れ、今は1人でいる。
(今日はおやっさんもリアスさんも家にいる)
この先にはリビングがあり、今はリアスがご飯の準備をしているはずだ。
(とにかくリアスさんとおやっさんを呼んでネイファと一緒に旅に出る事を伝えよう)
そう決意して扉の取っ手を握り開けようとした瞬間。
「それで、話したい事はなんだ?」
「もしかしてネイファちゃん。何か体にあった?」
ギリアムとリアスさんの声が聞こえた。
内容からしてネイファもいるらしい。
(ネイファ……? おやっさん達に何を話すんだ?)
取っ手を掴むのを一旦止めて耳を傾けるアレク。
さっき用事があると言って別れたのは2人と話したい事があるのからだと気づき、その内容に興味が湧いてネイファが喋るのを待つ。
「いいえ、体の方は絶好調ですよ。今回話すのは明日村を出る事です」
「!」
その内容は肉屋に行く前に言われた事だった。ドア越しでも、おやっさんとリアスが驚いたのが感じ取れた。
「2人にはお話しできないのですが、黒い狼の目的は私です」
「……やっぱりそうか」
その事について、ギリアムは薄々気付いていたらしく、特に驚く事はなかった。
それに対してリアスは、質問をしてきた。
「でもネイファ。あなたが1人で出ていけば黒い狼に狙われるわよ。それは───」
「分かっています。でも今日村を見て思ったんですよ。皆さんの笑顔を守りたいなって」
優しく微笑んでそう言うネイファに2人は黙る。
そして少し沈黙がたち、彼女は話し続ける。
「近くの肉屋さんまで行く間でも、壊れた建物がたくさんあるのを見かけました」
「まあそうだ。5年前に魔物が襲ってきて出来ちまった物だが、この村には人手が足りなさ過ぎる」
「はい、それで今でも復興が続いているととアレクから聞きました」
この村に住んでいるギリアム達は当然その問題に気付いているのだろう。
村にいなければ人を外から持ってこればいいと思うが、魔物に襲われた所はここだけではない。
他の村でもこれ程ではないが壊された場所はゴロゴロいて、酷いところなら廃墟になっている。
王都からもたくさん人材を出しているが、数が到底足りず、結局みんな自分の事で精一杯だ。
「壊された当時、村が今よりも酷かったとすると、相当辛い事だったと思います。でも───」
そこで力強く言った。
「みんな活気に溢れていた」
すれ違いに挨拶をしてくれた男がいた。
元気よく走る子供達がいた。
楽しく会話をする親子がいた。
いろんな人がいたが、みんな元気で活気に溢れていた。人が少ない、小さい村でも周りから声が絶えなかった。
「だから私、明日には出て行きます。黒い狼の傷は今日では治らないでしょうし。それにこう見えても冒険者ですから。対処法ぐらい知っていますよ」
「……」
恐らくギリアム達は止めるだろうが、ネイファはすぐに出て行く。そうなっては遅い。
「おやっさん、俺が一緒に行く!」
アレクは扉の取っ手を掴んで扉を開いた。
部屋の中では、3人ともテーブルに座っており、ネイファとギリアム達が相対していた。
部屋に入ってきたアレクにおやっさんは顔を向ける。
その顔は優しいような顔ではなく、特訓の時の厳しい顔だった。
だがその威圧は今まで感じたことのないほどに強い。
「行くってのは冒険者になるってことか?」
声も鋭くなっており、自分の体が重くなるのを感じる。
この威圧には一度死にかけたアレクでも冷や汗が出るほどで、元A級冒険者としての強さを表していた。
その隣に座っているリアスは涼しげな顔をしているが。
「ああ、ミリアが勇者になった日、俺は何も出来なかった。そん時の俺には覚悟と、強さがなかったんだよ!!」
ギリアムの威圧に負けじと質問に答える。
あの日までの俺はミリアと訓練ごっこをしていただけだったから、村を守れなかった。
魔物の強さに屈して、戦う事を諦めてしまった。
「俺は何も守れなかった事に後悔したさ。大切なものを失っちまったからな!!」
だが今は違う。魔物から村を守るために毎日特訓をした。
知識をつけて対策できるように、この村の人や稀にくる冒険者にいろんな事を聞いてきた。
立っていたアレクはいきなり頭を地面につけて、頭の前に手を添えた。土下座である。
「だから頼む!! 俺は力を付けてきた。今度こそ守らせてくれ!! もう後悔はしたくないんだ!! だから……ネイファを守るために俺は冒険者になりたい。お願いします…………」
「…………」
最初は大きかった声がだんだん弱くなっていき、言い終わった後から沈黙が続く。
実際は10秒足らずの間が、数時間と長く感じた。
そんな重い空気の中、ついにギリアムが口を開いた。
「ああ、いいぜ」
「やっぱりダメか、でも俺はどうしても冒険者に………………え?」
今なんて言った?
いいと言ったのか?
予想と反した答えにアレクは顔を上げて固まる。
ギリアムが言った言葉を頭の中で何回も回して理解するのに5秒。
やっと意味を理解したアレクは驚きながら立った。
「え? い、いいのか?」
「ん? いいぞ。どうしたんだ? 冒険者になりたかったんだろ?」
先程の威圧の事を忘れるくらいあっさりとした反応に、アレクは混乱する。
ギリアムも厳しい表情は消え、いつもの顔になっている。
「そうだけどよ! いいのか、村の復興は?」
そうだ。ネイファと話してた時にも言ってたではないか。この村には人材がいないと。
復興がまだまだ必要なこの村では1人減るだけでも大問題になる。木こりだって力や知識が必要だ。そうやすやすと手放していいものではない。
それはどうなのかと、混乱したアレクは聞くと。
「大丈夫だよ。オーグスの奴が兄貴みたいに、村の役に立ちたいって俺に頼ってきたからな」
「え?」
なぜそこでオーグスが出るのか。
たしかに最近、冒険者みたいに強くさせるために、薪割りをやらせていたが……。
「あ」
「やっぱりお前、気付いてなかったのか」
「オーグスの薪割りって、冒険者じゃなくて───」
「木こりになるための訓練さ」
驚いているアレクに、呆れる様にため息を出すギリアム。
今まで普通に薪割りを頼んでいたが、よく考えればおかしいことだったと今更気づくアレクだった。
そこでずっと黙っていたリアスが口を開く。
「アレクは村が壊れた後、ものすごく落ち込んでたわよね」
ネイファとアレクが声につられてリアスの方に向くと、懐かしそうに語る彼女が見えた。
「アレクだけじゃなくて村のみんなが家や家族、大切なものを失っちゃった。あの時は私達も本当に辛かったわ」
語るうちに、悲しさが表情に出てくる。ギリアムもアレクもそれは同じ様で表情が暗い。
だがリアスは「でも」と明るい声でアレクを見た。
「アレクがおちこんでる周りの人達を見てこうしちゃいられないって、すぐに私達に何か手伝えないか聞いてきたわね」
アレクの木こりの仕事が始まったのはそれからだった。
当時は全く木を切る知識や経験がなかった彼は当然。やって行くうちにいろんな問題にぶつかる。
だがそれでも挫けず、とことん前に進んで壁を乗り越えていった。
「ミリアは夢の為に頑張ってるんだ。なら俺もこんなとこで下向いてられないって」
「ああ、言ってたな。ミリアに恥ずかしい姿見せたくないってな」
リアスの過去話にギリアムが参加して、どんどんアレクの過去が暴露されて行く。
昔言ってた言葉に、アレクは恥ずかしそうに頬をかいている。
「そんなアレクを見て、周りの大人達が子供がこんなに頑張ってるのに俺たちは何やってるんだって、活気を取り戻したのよねぇ」
「子供達も、一生懸命なアレクを見て僕たちも何か手伝いたいって言い始めたな」
魔物に襲われたあの日は多くの人が暗い顔をしていた。
しかしアレクを中心に人々は活気を取り戻し、物事が前に進んでいって、笑顔になる人が増えてきた。
「まあ要するにだ。人材の問題は解決してたわけさ。アレク、お前のおかげでな」
「………………そうか」
自分が村の笑顔を取り戻せた事にアレクは喜んでいた。
ギリアムは立って、そんな彼の肩に手を乗せる。
「だから行ってこい。村の事は大丈夫だ。今度はお前の夢の為に頑張ってきな」
ギリアムは誇らしげな顔でそう言った。
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