5 迷い
本日2回目の投稿です。
まだ読めていない方は1話前からお読みください。
「………………んっ」
私は目を醒めた。知らない天井だ。
私はベットの上で寝ており左の窓からは月の光が差し込んでいる。
(ここは……?)
意識が朦朧としている中で過去の記憶を必死に思い出そうとする。
確か、私は黒い狼に追われていた。
それであの男に助けられて……
(そうだ! アレクさんは!?)
私が命からがらに逃げていた事を思い出して、勢いよく上体を起こす。
意識もハッキリして今はどうなっているか確認しようと周りを見たら、
「…………zzZ」
「……いた」
椅子にかけながら寝ているアレクがいた。
腕を組みながら寝ており、森で負った傷も今ではすっかり無くなっていた。
(あの詠唱は問題なく発動できたようですね)
元気な姿を見ての心の中で安堵する。
どうやら私はあの後運ばれたらしい。服も白い布に変わっている。
静かに口を開けて息を吐く。それで肩に乗っていた重りが一気に降りたのを感じて、すぐに緩んだ気を引き締めた。
(いけません……まだ私にはやらなければならない使命があるその為には…………)
「あら、起きたのね」
意識に集中していたからだろうか、部屋の入り口から女性が入っていたことに気づかなかった。
その女性は光の球を連れながらベットのそばによっていく。甘い香りがネイファの鼻を刺激して、暖かい飲み物が入ったコップを渡してきた。
「ミルクよ。あなた、運ばれてからずっと何も食べていないし、今は冷え込んでいるからこれで温めなさいな」
「……ありがとうございます」
少し臆しながらミルクを飲む。今まで一切飲んでいなかった暖かいものが喉に通ってお腹に到達して、体がポカポカになる。
「……美味しい」
初めて味わった感覚に感動し、少し遅れてからミルクをくれた女性が笑顔になっていた事に気づいた。
「フフ……ごめんなさい。あなたの笑顔がとてもよくてこっちも笑顔になってしまったわ」
何か変な事をしてしまったのだろうかと不安になったが、それは杞憂だった。「ここにパンも置いておくわね」と言い残し、彼女はそのまま部屋を出ていった。
ベットの左のテーブルにパンの入ったカゴが置かれ、彼女はそれを取ろうとするが、ハッとする。
(いえ、今は使命の方を優先しなければ……黒い狼も私を狙っている。早く出なければここの人たちに迷惑をかけてしまいます)
そうだ、この世界はまだ闇に覆われたまま。
今この時もあの闇が世界を苦しめようと迫ってきている。こんな事をしている暇はないとすぐさまベットから出ようとして、
「家から出る気か? やめとけ」
「! ……あなた、起きていたのですか?」
「近くであんなに話されてたら起きるさ」
いつのまにか目を開けていたアレクに止められる。
椅子に座ったままだが、ここを出させまいと目でこちらを圧する。
「……私には一刻も早くやらなければならない事があります。どうか行かせてください」
「ダメだ。あんたはさっきまで体が悪かったんだぜ? 今日はそこで休んでおけ」
「ですが……!」
『グゥぅぅ〜!』
「………………!!」
アレクをどかそうとベットから出ようとした瞬間、腹の虫が大きくなった。彼女はプルプル震えながら顔が赤く染まっていく。
「そらな……言葉に甘えてパンを食え」
ネイファは無言でパンを掴み、ガミガミと置いてあったパンの半分を平らげた。自分は思った以上にお腹が減っていたらしい。
気持ちを紛らわせたいばかりであったが、ミルク同様とても美味しいとパンを掴む手が速くなる。
「黒い狼なら安心しな。村には見張りを出してるし、この家に住んでるおやっさんは元A級冒険者だ。俺もおやっさんに言われて、ここでアンタを守ってんだよ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「とりあえず今日はここで休め。なんの使命が分からねぇが、そんなんじゃ今急いでも疲れるだけだぜ」
パンを全て平らげたネイファはアレクにお礼を言い、仰向けになる。自分の手をぐっぱして、自分の魔力が弱まっている事に今更気づいた。あの詠唱の代償だろう。
ネイファは確かにアレクの言う通りだと心の中で反省し、左側の窓から外の風景を眺める。
「……優しい方でしたね」
「ん?」
「あなたのお母様ですよ。少ししか話していませんが何となくそう思ったのです」
「……リアス」
「……?」
声が暗くなったのを感じ取って、アレクの方へ顔を向ける。
ちょうど顔半分が影に隠れており見えなかったが、悲しそうだとネイファは思った。
「母さんじゃないリアスさんだ。後でお礼しておいてくれ。アンタを治したのはリアスさんだからな」
「……わかりました。リアスさんにはお礼しておきます」
彼はそのまま、目覚めた時と同じように椅子にかけて目を閉じる。
(なぜ暗そうだったかは……聞かない方が良さそうですね)
再び部屋に静寂が戻った。
私もパンを食べたせいか瞼がだんだん落ちてきて、布団の中に入る。布団は暖かくてすぐに夢の中に入っていった。
「……寝たか」
ネイファが寝息を立てたのを見たアレクは、見守り用に置いてあった斧を静かに持つ。
そのまま起こさないように寝室から出て、庭に移った。
(ここならすぐに駆けつけれるな)
移ったと言っても寝室のすぐ隣で、窓からは寝ているネイファの姿も見える。
黒い狼が来てもすぐに対応できる事を確認したアレクは、いつもの日課を始める事にした。
「1、2、3、4───」
斧を持って素振りを始める。
毎日欠かさず行なっているギリアムとの特訓とは、別の個人練を1人静かに始めたのであった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「ハァ……ハァ……」
俺は汗だくになりながら地面に手をつけていた。
何回こいつと戦ったのかは覚えてねぇ。50を超えた辺りからは数えていない。
「今回も私の勝ちね!」
そんな俺に木の剣を向けて叫ぶ少女ミリア。息が切れている俺とは違い汗一つかいちゃいない。
(クソッ……また負けかよ!)
あの平原で叫んだ頃はこんなんじゃなかった。元々男と女、性別による体格差は当然あって力のある俺が勝ち続けていた。
だがいつからだったか。
ミリアは驚くべき速さで剣が上手くなり、
立ち回りで俺の攻撃を容易く避け、
力も速さも軽く俺を超えていった。
もちろん俺も負けじとミリアの動きや癖を観察して勝ちを取ったこともあるが次の勝負ではすぐに負ける。
1週間毎日勝っていたのが、5日、3日、1日、0まで減っていき、
そして──
「ねぇアレク、覚えてる?」
ああ、やめてくれ。お前はいつも俺より前に行ってるんだ。小さい頃からいつも。
「あの平原で言った私の夢」
魔獣が襲ってきた日も俺は何も出来ずにお前が結局村を救った。
「皆んなを笑顔にする勇者になりたいって」
ミリアは世界が闇に覆われたあの日に、
勇者になった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「……嫌な夢見ちまったな」
目の前にはベットに入り込んでいるネイファがおり、そこに明るい日差しがさしてくる。
アレクはあの日課を済ませた後にまた寝室へ戻り、ネイファが寝る前と同じように椅子に座って寝た。
いつの間にかかけられていた毛布を取っていると後ろからコンコンと音がなる。
「リアスさん……これ、ありがと」
振り向けばそこにリアスがいた。昨日の夜と同じくお盆の上に暖かい飲み物を乗せていた。
「あら起きてたの。ちょうどいいわ、アレクにお使いを頼みたいとこだったの」
彼女はアレクに近づき、飲み物を渡す。昨日の夜にネイファに渡したのと同じ物で、美味しそうな匂いがアレクの鼻を刺激させる。
「肉を買ってきて欲しいわ。家にあるの少し減ってきてて」
「ああ、分かった。朝飯食ったら行くぜ」
そう言ってミルクを飲むアレク。
リアスは昨日置いたお盆の上にパンが無いのを見て、少し喜び片付け始める。
「そんで、ネイファはどうなんだ?」
「後3日といったところよ」
あと3日、ネイファの魔力が安定するまでの時間だ。
ネイファがこの家に運ばれた時に、体内の魔力の流れがチグハグになっていたのをリアスは観て感じ取った。
体の中で魔力が暴走しているこの症状の原因は主に、魔力の枯渇であり、元に戻るまでは安静するのが普通である。
恐らくアレクに使用したあの詠唱のせいだろう。
とは言っても、あれのおかげで自分はここに居るのだから文句は言えないが。
「そうか……やっぱり少しの間はベットで過ごしてもらうしかねぇか」
「それには及びませんよ」
少し暗い声で話すアレクに、リアスでは無い声が聞こえた。
声がした方に振り向くと、ネイファがいつの間にか体を起こしていた。
「リアスさん。昨日は治療していただきありがとうございます。体調が良くなったので、ベットで過ごさなくても問題ありません」
「だめよネイファ。貴方は症状がよくなってるけど、本来なら付きっきりで看護しなければいけないのよ」
「大丈夫です。観てくれたおかげで治ってますよ」
「いくら私でもそう早く……」
そう言ってベットから降りる少女の肩に、リアスは手を乗せる。
そのままリアスは目を閉じて魔力に意識を傾け……驚くようにゆっくり目を開いた。
「あらま……安定してる」
昨日の夜に感じ取った荒れ果てた濁流が、今では山の透き通る綺麗な川に変化、いや戻っていた。
その事に困惑しているリアスに、ネイファはお願いをする。
「リアスさん、私もアレクの買い物に付き合ってもいいですか? 私、外でゆっくり歩きたいですし」
「うーん……治ってはいるけど流石に」
魔力の流れが元に戻っているとはいえ、ありえないスピードで治っている。その原因が分からないならまだ様子見はしたい。
そう言って提案を断ろうとした彼女だが、ここでネイファに思わぬ助け舟が出た。
「いいんじゃねぇか、部屋に籠りっぱなしだと体も鈍るからな」
アレクだった。
助け舟を出したアレクに一瞬だけリアスは、目が点になる。
(あらあら、アレクがオッケー出したわ)
ネイファに目線だけ少し向けた後に考える仕草を行う。
本来なら断る所だが、アレクが問題ないと言った事で少し事情が変わった。
(人のことを人一倍心配するアレクがいいって言うんだものね。昨日山で何かあったらしいけど)
夫のギリアムからは不可解な事が起きたとすでに教えてもらっている。
この子を育てた身としては少し心配になるが。
(でも大丈夫でしょうね。アレクは人の性格しっかり判断できるもの)
単純に問題ないと思っているのだろうか、それとも何か根拠があるのか。
アレクの心の中は私でもわからないが、大丈夫だとアレクを信頼している自分の心が確信した。
仕草をしてから数秒。
リアスはネイファの正面に向き、明るい笑顔を見せた。
「分かったわ。ネイファも一緒に行っていいわよ。でもすぐ体調が悪くなったら休む事。この村には私以外にも何人か治療士がいるから観てもらいなさい」
「ありがとうございます。リアスさん」
とにかくこれでネイファとアレクは、一緒にお使いに行くことが決まった。
(それじゃあ、私も準備しなきゃね)
そしてリアスも、朝食後に準備をすることも決めた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「それで、本当の理由はなんなんだ?」
「理由……?」
「外出のだよ、リアスさんに言ったのは流石に嘘だろ? 何が目的なんだ女神さん」
場所は変わって家の外。
2人は地味な色をした布の服に着替えていた。
日は昇って村には人はまばらにおり、少し騒がしくなっている。
しかしアレク達がいるのは騒音とは無縁の場所。人があまりいない所だった。
「ええ、一応貴方について言わなければならないことがあるからですよ」
「あの詠唱のことか?」
アレクの問いに少女は頷いた。あの詠唱にはアレクも聞き逃せない言葉があった。
アレクを太陽神の使徒にする事、そしてネイファ自身が太陽神だということを。
「なんで太陽神がここにいるんだ? 神様は確か、魔王を倒すのが使命なんだろ?」
太陽神キシャルネイフェン。
それは大昔の伝説から語り継がれている光の神様である。
伝説や御伽話ではよく勇者と共闘をして世界を闇に覆わせる張本人、魔王を倒す物語が多い。
そう、太陽神は何度も魔王を倒しているのだ。
魔王は倒されるたびに長い時を得て復活をする。そして復活した代の勇者と太陽神は腕を組みこれを打倒する。
ちなみに魔王が前回復活したのは、長寿種族によると400年前。神隠しや不自然現象が多かった時代の話だ。
そして魔王を倒す太陽神がここにいて、魔獣は暴れているまま。
この事から導かれる事は1つ。
「魔王に負けてしまったからです」
少女は暗い顔でそう言った。
「私は魔王との戦いに負け、なんとか命からがら逃げ延びる事ができました。ですが、力はほとんど失ってしまった」
「じゃああの黒い狼は」
「恐らく私に向けての刺客でしょう。魔王は大きな傷を負って動けないでしょうから」
アレクは表情を変えず、心の中で頭を抱えた。
(つまり、ネイファがここに居れば黒い狼は村をまた襲っちまうわけか……)
当然、狼が村を襲ってくるのならば今度はギリアム達と迎え撃てばいい。しかし相手は準B級。倒す事はできてもこの村はまた壊されてしまう。
(それだけは勘弁してほしいもんだな……)
空を闇が覆った、魔王が復活したあの日。
この村は沢山の魔物に襲われて大きな被害が出た。
数年経った今でもまだ復興が続いているほどにだ。
襲われたばかりの村の雰囲気は暗いものであり、今でこそ明るさを取り戻しているが、その時は誰か自殺するのでは無いかと思ったほどだ。
「そうかぁ……」
「狼については大丈夫です。今日はお休みさせてもらいますが、明日には出て行くので」
「! それは……」
「この村に迷惑はかけません。それに太陽神である私は魔王を倒す使命があります。力こそほとんどなくなってしまいましたが、取り戻す手段はあります。心配ありませんよ」
こちらの心を読んでいたのか、ネイファから解決案を出してきた。
確かに彼女が出ていけば村に被害が来る事はないだろう。
魔王から見ても一つの村より、太陽神を始末した方がよっぽどいいからだ。
村からすれば魅力的な提案ではある。
(だが彼女1人で外に出たらどうなる)
間違いなく黒い狼に命を狙われるだろう。
この近くに他の村は無い。1番近いところでも早くても1日はかかる。
そしてその間、準B級から彼女を守れる奴はこの村に俺とギリアムしかいない。
(当然守るべきだろうが、俺らには村復興の為の仕事があるんだよなぁ……)
守ったら守ったで復興に必要な人材がいなくなってしまう。
やっと立ち直ったばかりの村。俺はまだこの村にいたい。その気持ちが強かった。
「……とりあえず聞きたい事は済んだ。今は肉屋に行こう」
「はい」
頭を回すアレクだったが、ここでは埒があかないと感じ目的のお肉屋さんに行く事に決める。
人気の少ない所を出て、人がよく通る道へとアレク達は場所を変えたのであった。
小説を読んでいただきありがとうございます。
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