4 魔物退治
「!?」
自分の全力の突進を受け止めている男の姿に黒い狼は驚きに染まる。
なぜ己の攻撃をびくともせず受け止めているのか。
なぜあれだけの傷を負ったコイツが無傷でいるのか。
なぜコイツの体からは勇者が持つ光の魔力を感じ取ることができるのか。
さまざまな驚きに襲われ硬直してしまった黒い狼。
だったコンマ秒の間だが、進化したアレクの前では大きな隙間だった。
「キャッウ!?」
4メートルの巨体が宙に浮く。
準B級でも捉えきれないほどの速さでアッパーを喰らい、自分が攻撃を喰らったと認知した時には宙に浮いていた。
軽く浮いた程度ではあったが、その痛みは先程の戦いで負ったものより遥かに痛く、直後に視界がグラグラして黒い狼に混乱を生じさせた。
なんだこれは!?
さっきと同じやつの攻撃なのか!?
足がぐらつく、意識が朦朧としている!?
一体何をしたんだ、なんなんだこれは!?
その正体はアッパーによる脳震盪だが、そんなことを知らない黒い狼は初めての出来事に恐怖を感じ、おぼつかない足ながらも全力で逃げていった。
「…………ふぅ」
黒い狼の姿が見えなくなって、構えを解いたアレク。
(しかし、死にかけだった俺が無傷に……いや、それ以上か。体に力が溢れていやがる)
完治した自分の姿に驚くが、それ以上に驚いたのが黒い狼の一撃を受けた時の俺。
あの一撃は最初に喰らった突進より遥かに重いものだったのが肌で感じ取れた。
俺は実際に見たことはないが、並の冒険者があれを喰らったらひとたまりもなかっただろう。
だが実際にはどうだ。
謎の詠唱を受けた俺はあの攻撃を受け止めてびくともしなかった。
(何より太陽神キシャルネイフェン。誰もが知ってる光の最高神じゃねぇか。なんでここにいるんだぁ?)
先程の詠唱で聞こえた名前。ネイファはあたかも自分が太陽神だと言っていた。
本来なら嘘だと思われて終わりだが、俺を完治した魔術にあの長さの詠唱。
長さは詠唱の難易度を表している。あのレベルになると発動すること自体が難しく、しかしネイファは完璧にやり遂げていた。
ありえない現象に、ありえない高等技術。止めにあの名前。
次から次へと出てくる事にアレクは疑問を深めていく。
「おい! 大丈夫か!?」
「! ……おやっさん! ああ、大丈夫だ」
疑問に浸っていると、ギリアムが走りながら現れて、声をかけられた。
襲われている事に気づいて急いでこっちに来たのだろう。
疑問に対して意識を集中していたアレクが不意に声をかけられて一瞬反応が遅れたが、ギリアムだとわかり返答した。
「なにが大丈夫だ!! さっき逃げてった奴はB級くらいだぞ! なぜすぐに逃げなかった!?」
アレクがとった行動に対してギリアムは怒鳴ってくる。その反応で心配させてしまった事に申し訳ないと思いつつもアレクは理由を話そうとした。
「すまねぇ、だけど少女の声が聞こえたからどうしても――」
そう言いながらネイファの事を紹介しようとして、彼女がいる方に振り向いたら、
「――ネイファ?」
「ん?」
木を背中に座りながら俯いてる彼女にアレクは名前を呼んだ。
アレクの視線の先を見て誰かがいる事に気づいたギリアムは、彼女に駆け寄り手や顔の様子を見る。
釣られてアレクも彼女のそばに行くと、ギリアムが鋭い目をしながら口を開いた。
「この嬢ちゃん、顔が真っ青だ」
「! じゃあ早く――」
「ああ、早くおりて母さんに見せるぞ」
ギリアムは喋りながら彼女をおんぶさせ、すぐに走り出した。アレクも彼の武器を代わりに持ち同じように走りながら、視線だけネイファに向けた。
彼女はとても苦しそうに息を吐き、額には大量の汗が出ている上に手が震えていた。
(……太陽神だろうが無かろうが、困ってるんなら助けなきゃな)
そんな様子を見たアレクは、浮かんだ疑問を一旦捨てて降りる事に意識を集中したのであった。
⭐︎⭐︎⭐︎
時は少し遡り、ネイファとアレクが山の中で出会う前。山の近くにアレクが住んでいるところとは違う村があった。
「ガァァァァアアァ!!!!!!!」
咆哮が大地を揺らす。
村の中心にはライオンがいた。しかしその姿はただのライオンではない。背中には羊の頭から生えており、尻尾の部分は蛇になっており、尻尾の先に蛇の顔がついていた。
その名をキマイラ。
小さな国一つを単体で滅ぼせるAランクに属した魔物である。
「おとうさぁぁぁぁぁん!!」
近くに1人の女の子が座って泣いていた。
村はキマイラが暴れた事によって壊れた建物ばかり、既に村の人の殆どが避難しており、女の子の近くには誰もいない。
よってキマイラがその女の子を狙うのは必然である。
キマイラがその命を刈り取らんと、ゆっくり歩きながら口を開いていき、噛み付こうとして――
「なにしてんのぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
どこからか飛んできた何者かの蹴りにより吹き飛ばされた。
蹴られたキマイラは沢山の壊れている家を貫通していく。
「ふぅ〜……なんとか間に合ったわね」
「おねぇちゃん……だれ?」
さっきまで泣いていた女の子も今の出来事に流石に泣き止み、目の前にいる女性を見る。
その女性は170センチ程で青い鎧を着ている。しかし鎧は軽装で左肩に防具はない。見た目から軽そうだと思わせる鎧は、しかし実際には多くの攻撃の無に返す伝説の鎧である。
髪の毛はロングで後ろで結んでいる。ぱっと見黒髪に見えるが、黒の中に細い赤ラインが1つ見えた。
女性は女の子に近づき、膝を曲げて目線を合わせる。
女性は怖がっている子供を安心させるような暖かい顔をしていた。
「私は勇者をやっているものよ。もう大丈夫。あなたのお父さんお母さんも村の外で待っているわ」
「勇者……様?」
「ええ、勇者ミリア。皆んなを守るヒーローよ」
そう言ってミリアは女の子に微笑んだ後に手を差し伸べて女の子を立たせた。
「大丈夫?」
「うん……」
「ミリア様!!」
そんなことをしている最中に遠くからミリアとは違った鎧を着た女性が馬に乗りながら走って来た。
その女性は西洋の黒い鎧を着ており、所々に金の装飾が付いていた。唯一頭だけは鎧を付けておらず、褐色肌と灰色の短髪が男らしさを表しており、凛とした美しさを引き出していた。
「ミリア様、いきなりどこかへいくのはおやめ下さい! 騎士団達が混乱して――」
「ごめんなさいメリスさん! 女の子が泣いているのを聞いてつい……」
「……ミリア様」
またかと過去に何回もしたやりとりにミリアは軽くため息を吐く。しかしすぐに女の子をメリスの前に座らせる。
「つまりいつものことですね。分かりました。私はこの子を避難所に連れて両親に会わせます」
「ええ、いつもごめんなさい」
「謝るのであれば飛び出す癖を治してください……。村一帯は大方避難させました。後は片付けるのみです」
「分かったわ、さっさと終わらせてくる」
言いたい事は済ませたと言わんばかりにメリスは来た道を戻っていく。
それを少し見送ったミリアは吹き飛ばしたキマイラの方に視線を向けて、その奥を見る。
(流石はA級……まあまあ強めの攻撃だったのに少し怯んでいるだけか)
200メートル先の煙の中で黒い影が平然と立っていることを確認したミリアは足に軽く魔力を通した。
その瞬間、その場から姿を消しコンマ秒でキマイラのすぐそばに現れる。
「ガッ!?」
遥か遠くにいたはずの敵が音もなく近くにいる事に気づいたキマイラはたじろぐが、勇者はそんな事は気にせずに近づいていく。
その姿は伝説に立ち向かうような壮大感はなく、むしろ害獣を狩るような軽さがある。
それを肯定するように、勇者は戦いとは別に内心困っていることがあった。
(軽く本気を出さないといけないけど、こいつ相手じゃあここら一帯に大きなクレーターが出来ちゃうし……)
それでは村の復興が出来ないと本気を出すか悩む勇者だが、突然地面に異変が起きる。
キマイラとミリアを丸で囲うように地面から土の壁から生えてきて、そのままクレーターのように壁をくっつけて閉じ込めたのだった。
「ん……?」
自分のよく知る魔力を感じ取ったミリアは特に慌ててもせず、しかしなぜ閉じ込めたのか疑問に思う。
だがドームと地面に魔力による強化がある事に気づいたミリアは、ニタっと笑った。
「さっすが賢者様ね。これなら周りを気にせず戦える………それじゃあキマイラさん。あなたには悪いけど」
―――――ここで死になさい―――――
「!?」
勇者の笑顔が冷たい顔に変わった。
それだけで周りの空気が氷点下に下がる。
殺気の乗った視線を受けただけでキマイラは深い恐怖を覚え、目の前の存在が自分より圧倒的に大きい存在に見えてきた。
殺さなければ。
キマイラの頭はそれだけで一杯になり、吠えながら頭上に5メートル程の炎の玉を瞬時に形成する。
その炎の魔力は尋常ではなく、この村一帯を更地変えることができる莫大なエネルギーがあった。
そしてそれを放つ。
この出来事を1秒足らずで全て行い、目の前の勇者を木っ端微塵にしようとするが――
「遅い――」
一瞬炎の玉に線が通り、
炎の玉は糸も容易く真っ二つにされた。
横に真っ二つにされた炎の玉の中から剣を抜いた勇者の姿が見えた。
そして目の前の出来事に目を限界まで開けていたキマイラがすぐさま次の攻撃に移ろうとして、
「終いね」
キマイラの後ろで勇者が剣をしまった。
シャキッと斬った音がした直後に攻撃の構えをしたキマイラの動きが止まり、攻撃も止まる。
キマイラの前には勇者は既におらず、先程放った炎の玉が爆発するだけ。
キマイラの目からの風景が炎の光で明るくなるが、ふと黒い線が縦一直線に現れる。そして黒い線を中心に左と右の風景が縦にずれて……
キマイラの体がただの肉片と化した。
「ふぅ………まだまだ師匠には遠いわね」
10連撃。
それが刹那に勇者が斬った数だった。
『流石だね勇者様。A級のキマイラをこうも簡単に倒せるとは』
勇者に男の声が聞こえる。だが周りには誰もおらず、ここにいるのは勇者とキマイラの死体だけだ。
「違うわよ賢者、あれはA級じゃなくて準A級だったわ。A級だったらこんな簡単に殺せないわよ」
勇者も突然聞こえてきた声に驚きもせずに返事をする。これが賢者の最上級風魔法だと分かっているからだ。
「それよりこいつだけなの? 魔獣の数。こんな異常事態ならほかに何匹かいそうなんだけど……」
『そちらについて問題があってね、キマイラと同時に現れたC級以上の魔物達はほとんど狩ったけど、1匹だけ逃がしてしまった」
「それはっ……!」
『早く行きたいところだけど、王都から伝令だ。明後日の昼までに王都に帰還せよとの事だ。既に残党の方には別の騎士団達が向かっているそうだよ。山の探索や近くの村の防衛をするらしい』
「…………」
『すぐに行きたいのは分かるけどキマイラと戦った後だし、この村だって復興や人探しにやることはまだまだある。今日はここで一晩過ごそう』
「……分かった」
そう勇者が言うと賢者の声は聞こえなくなった。伝えることは全て伝えたと言うことだろう。
周りを見ると土で出来たドームが既に消えており、崩壊した家がそこらじゅうにある。これを治すのにどれだけ掛かるのだろうかと思い、キマイラが暴れる前に仕留めれなかったことにため息をした。
しかし気になることはもう一つ。
賢者が言った山の方向には自分が昔住んでいた村がある。その村で思い出すのはあの時の言葉。
『俺は……伝説の勇者になるんだ!!!』
「大丈夫かなアレク……」
同じ夢を追って、途中で折れてしまった少年、いや青年。
今回の魔物に襲われるかも知れないと思うとすぐにでも駆けつけたい。しかし騎士団が既に追っているし、自分も勇者としてまだまだ助けなければならない人が他の所にいる。
ミリアは心の中に少しモヤを残しながら、近くの避難所へと走っていった。
小説を読んでいただきありがとうございます。
お気に召されたら、感想、評価、ブックマークをして頂けたら幸いです。