3 刹那の輝きよ、ここに
本日3回目の更新です。
まだ前話を見ていない方は、そちらからお読みください。
(よしいいな。こっちについてきている)
いきなり逃げ始めたアレクに驚きもぜず、すぐに黒い狼も魔力を足に集中して全力で追い始める。
同じ魔力を扱う者でも体の性能は狼の方が上だ。その為、アレクが全力で足に魔力を通しても本来ならすぐに追いつかれる。
しかし先程の脳天に対する攻撃とアイテムの効果、この2つの痛みにより黒い狼は本来の力を出せず、なんとかアレクは追いつかれずにいた。
(だがこのままじゃあ追いつかれるのも時間の問題だ)
今はなんとか与えた痛みのお陰で、アレクと同じくらいのスピードまで黒い狼は遅くなっているが、時間が経てば痛みも引いていきすぐに追いつかれるだろう。
だか少女を探しているときに、その対策は既に打ってある。
(見えてきた………!)
目の前に現れてくる沢山の木。山の中なので木は当然あるのだが、アレクの目当ての木は既に半分以上切れているものだ。
少女を探している時に、走りながら何個か木を斧で思いっきり切っていたのだった。
ただし全部切ってしまうのではなく半分ほどだけ切る。普通なら走りながら切る行為自体とてつもなく難しいが、魔力によるゴリ押しでどうにかできていた。
そして目の前にはアレクがやった半分切れている木がだんだん現れ始めて、
「これでも喰らいな!」
来た時に切った方向の反対側から斧で木を完全に切る。
1本、2本。黒い狼と距離があるうちにできるだけ沢山の木を切りながら走っていく。
そして、黒い狼が来る方向に重さが偏っていた木を、その支えを完全に無くしてしまえば、
切った全ての木が黒い狼の方に向かって倒れていく。
少なくとも50キログラム、最大では3桁までいく重さの木は倒れてくるだけで充分な凶器になる。それが黒い狼に牙を向けて襲ってきたのだ。
(数は沢山! これなら一本くらいは…………っな!?)
だが黒い狼は野生の持ち前の感覚でそれを避けていく。痛みがあるはずなのに難なく避けていき、それどころか木を一本一本避けていくうちに足の速さが増している。
流石は魔獣か、その再生速度も並外れたものでありこの短期間で力を取り戻しにいっている。段々とアレクにも命を刈り取る刃が迫って来て、だがその前に、
(まだ策はあるぜ!)
アレクは叫び声を聞いたあの場所に戻った。
そこには当然沢山の丸太があり、
(こいつを投げれば!!)
アレクは斧を近くに捨てる。
切った部分を右手で持ち残った左手で支え、狙うタイミングは倒れる木から避けて出る一瞬。
目に魔力を通し、相手の動きを見ることに意識を集中する。周りの時の流れが遅くなり、倒れる木の動きも草の揺れる動きもスローモーションになっていく。
そんな中倒れる木の奥から、早く動く黒い影が見えた。それが左右へと移るたびに影が大きくなる。
1番手前の木を避けた瞬間にその姿は露わになり、
「そこだぁっ!!」
腕に全開で魔力を通し丸太を投げた。
投げた丸太は音速で黒い狼めがけて一直線に飛んでいき、倒れた丸太のせいで左右に逃げ場のなくなった黒い狼の顔の中心へと迫っていく。
そして丸太が目前まで迫り、アレクが当たると確信した瞬間。
避けた。
いや、避けたには語弊がある。黒い狼は限りなく狭い空間で少しだけ避けて、木の枝が体の左半分と左目に刺さりながらも、その痛みと衝撃をものともぜすアレクに迫ってきた。
「な、こいつ!?」
予想外の出来事に硬直してしまったアレク。それは時間にしてコンマ秒の隙だった。
だが相手は全力で迫る魔獣。その隙を突くのには充分すぎる時間で、
「がぁ!?」
アレクは黒い狼の突進を喰らい、さらに噛みつかれてしまった。アレクは何とか右手を盾代わりに狼に噛ませて、左手で斧を持つが突進の勢いは止まらない。
追いかけっこより数段早い速度で山の中を駆けて行き、アレクを木にぶつけまくる。当たるたびにゴツンと低い音がなり、噛む力が強くなる。
(くそっ、骨が噛み砕かれる!)
噛まれたアレクの右腕からは大量の血が溢れ出し、その血の量に比例して感覚も無くなっていく。
(だけど反撃はできる!)
痛みに顔を顰めるも、中途半端に持っていた斧を左手だけでしっかり持ち直して、
(目なら流石に、斧の刃は通るだろ!!)
一矢報いる為にその斧を黒い狼の右目に叩きつけた。
黒い狼の目は潰れ血が噴出する。全力で叩かれた痛みに噛む力が弱くなる。
やっとそれらしい傷を与えたアレクはへっと少しニヤつき、牙から解放された瞬間を狙おうとして、
黒い狼の全力の投げによって、空中に飛ばされた。
気づいた時には高さ数百メートルの空、下一面に大量の緑が見えて、
「あ」
そのまま半円を描くように地面へと落ちていった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「はっはっはっ………」
大汗をかきながら少女ネイファは山を走って降りていた。
片手に持つマジックアイテムの矢印を見ながら全力で走っていく。あの男性を助けるためにも。
(本当にごめんなさい………私のせいで命の危機に晒してしまって)
あと一歩で死ぬ所に駆けつけた男性。
その男性は180センチはあり、膝あたりまで覆っている長袖の布の服と黒色の布のズボン。腰にはズボンと服の上から紐を結んでおりいかにも木こりといった服装をしていた。
服を着ていてもわかる太い筋肉。戦いにはあった方がいいが、頼りになるのはそれだけだ。
戦いに1番大事な武器にいたっては、ただデカいだけの斧。
冒険者が使うような立派なものではなく、どこにでもあるような木こり用の斧で刃こぼれもままあった。
(あれではどう頑張ってもあの魔獣には勝てない。彼は気づいていない様子でしたが、あの魔獣の危険度は恐らく………)
準B級
危険度。
それは魔物の強さと魔物が及ぼす被害の大きさを表すランクだ。
そして準B級は村や町1つを滅ぼせるもの。
間違えてもロクな装備をしていない1人の木こりが相手をしていいものではない。自殺行為に等しい。
相手をしたあの男は間違いなく死ぬだろう。その原因は私だ。
(あれは私を殺すために送り込まれたもの………だから一刻も早くこの山を降りなければ!)
罪悪感を感じながらも、だからこそ村に着くことに全力になるネイファ。
走り始めてから数分たった今、まだ見えない村に対し焦っていて、
空から何かが降って来た。
その何かはネイファの目の前で、何回もバウンドしながら止まらぬずに奥へ突っ込んでいき、最後にバゴンと大きい音を立ててやっと勢いが止まる。
(これは……!)
走って近くに着いたネイファが見つけたのは、木にぶつかっているアレクだった。
だがその姿は痛々しく、木の枝が体に何本か刺さっており、右腕は噛みつかれて骨が見え、右足は曲がってはいけない方に曲がっている。
「お前…………まだ……逃げていなかったのか?」
「あなたが逃げてる私の方に飛んできたんですよ」
ネイファはつかさずアレクのそばに行き、彼の状態を見る。僧侶でもある彼女は治療をすべく身体のあちこちを見るが、
(やはりダメですか………意識こそ保っていますが、瀕死ですね。時間があれば完治できなくはないですが………)
それは許してくれないだろう。
現に彼女の後ろから圧が強くなっていき、足音もも近づいてくるのが感じ取れた。
まさに絶体絶命。
アレクはボロボロで、今ネイファが逃げても追いつかれてすぐ殺される。
彼女達の運命は決まったかに見えた。
ここにいる彼女がただの僧侶だったらだが……
(ならば私達が助かる手段は一つだけ)
彼女はその運命を捻じ曲げる特別な存在だった。
⭐︎⭐︎⭐︎
(やられちまったな……)
アレクは己の失態に後悔していた。
自分が行った時間稼ぎも水の泡になり、黒い狼から離さなければならない彼女は目の前にいた。
村まではまだ遠く、どうあがいても彼女は逃げきれない。黒い狼は彼女と俺を殺した後に麓の村に行って、惨劇を引き起こすだろう。
(また繰り返しちまうのか………………)
結局昔から自分は変わらない。
幼馴染が遠くに行ってしまったあの日と同じように自分は無力でまた犠牲が出る。自分はその事を後悔をしながら死ぬのだろう。
(ああ……俺は何も救えねぇ)
己の無力さに心が闇に落ちていく。
そして意識を手放そうと目を閉じて、
『アレク、私ね。夢があるの』
懐かしい声が聞こえた。
死ぬ直前だからだろうか、昼に見た夢の事を思い出す。
『皆んなを笑顔にする勇者になりたいって』
俺があの夢を叫ぶ前に言ったミリアの夢。
『俺は……伝説の勇者になる!』
俺が夢を叫んだ後に言った約束。
『なら私達。いつか勇者になって一緒に戦いましょう!!』
『おう!!』
太陽いっぱいの明るい笑顔で言った、同じ夢を目指した幼馴染の事を。
(情けねぇ……)
暗闇の中、火が燃える。
(無力だ? 結局同じ過ちをしちまうだぁ?)
火が炎となり、心の中で燃え広がっていく。
(違ぇだろ!!!!!)
その炎が心の中の闇を照らす大きな光となる。
(俺は誓ったんだ! 勇者になるんだって!)
無力も後悔も関係ねぇ!
魔物達に何もできないで大切な者を奪われた俺がやるべき事はぁ!!
同じ過ちを繰り返さないために!
ミリアに堂々と胸張れるように!
(困ってるやつを全力で助ける事だろ!!!)
「おいアンタ……早く逃げろ!!」
過ちを繰り返させないために彼女を逃がそうと最後の力を振り絞る。
怪我なんざ関係ないと身体中のあちこちから来る痛みを無視し、
迫り来る敵を迎え撃たんと左手の拳で体を起こそうとし、
そして覚悟を決めた男は命を散らそうと魔力全開に体を通そうとして、
「あなたの名前は?」
「え?」
いきなり名前を聞かれたアレクは硬直する。
⭐︎⭐︎⭐︎
彼女……ネイファは運命を捻じ曲げるべくその準備を行った。
その必要な準備の為に、ネイファは目の前の大男に名前を聞いた。
「いや、いまはそんなこ──」
「お名前は?」
何を言ってるんだと、アレクはそう思い逃げるよう催促しようとするが、それを遮って名前を再度聞いて来た。
一瞬困惑するが、有無を言わせない彼女の雰囲気に負けて名前を教える。
「アレク……アレク・サンドリアスだ」
「そうですか、いい名前ですね。ちなみに私の名前はネイファです。では…………」
「いや待て、早くしねぇとあいつが……!」
彼女は微笑み、神様に祈るように両手を合わせた。
それを見たアレクはまた避難させようと言葉を発するが、
(え…………?)
瞬間、彼女らの周りから光の粒子が浮かび上がってくる。
アレクは口を閉じ、黄金の粒子が周りの草や木から浮かび上がり神秘的な風景を作り出していた。
そしてその風景を作り出した彼女は目を瞑りながら詠唱を始める。
「世界が闇に覆われるとき、人々は嘆き絶望し、その心の闇は波紋のように周がる」
詠唱が始まるにつれて光の粒子がオレンジ色に染まり、アレクを中心に渦巻を生みながら集まっていく。
「しかして、闇あるところには光もあり。暗闇の世界故にこそ光は強く輝き皆を照らしていく」
彼女の後ろから傷が完治した黒い狼が現れ、こちらを見つける。
「ここに人を救う新たな光を生み出さん」
そして黒い狼が彼女を噛み殺さんと全力で襲いに来て、その詠唱は完成する。
「我は太陽神キシャルネイフェン。太陽神の名の元に汝を我が使徒にする」
─────『アポステルナーシェレ』─────
全ての光がアレクに集まった途端、一斉に広がり視界をオレンジ色1色に染める。
時が経つにつれその光は弱まっていき……
「一体何が起きてんのかよくわかんねぇが」
そこにいたのは、
「とにかくありがとさんよ、太陽神様」
黒い狼を受け止めている、無傷のアレクだった。
小説を読んでいただきありがとうございます。
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