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鏡竜機神ジャバウォック 多次元海賊戦記  作者: 84g
截拳道と村娘、あとときどき魔王。
5/31

【自分の道しか進めないけど。けどさ。】

「――半分くらいだったな、」

「何が?」

「オーガの肺活量、かな」


 オーガを締め落とし、ゴブリンたちを倒しきってから、ジャージ男は簡単に自分の身体を点検していた。

 どう見ても、どう考えても軽傷だ。

 既に自分が倒したオーガの脈を取り、倒れたゴブリンが舌根沈下……自分のベロで窒息しないように横を向かせたりする余裕がある段階で、どう考えても軽傷に決まっているのだ。


「倍の時間、攻撃されていれば敗けていたってこと?」

「腕の二、三本は折られていたかもしれん」

「腕は二本しかないんじゃないの?」

「じゃあ二本折られたツリでゴブリンの腕を折らないといけなかったか。ところで、ここはどこだ?」


 もっともな質問ではある。

 周囲を見渡しても森、森、森。地元民であるメイベルとしても、こう答えるしかなかった。


「それは、ちょっと分からないな。ジャルバの森は広いし出口がどっちかも……」

「ああ、そういうことじゃないんだ。ここがジャルバの森というのも助かるが、ここはなんという国なんだ?」

「……は?」

「俺は“イセカイ”というとても遠いところから来た。つい昨日だ。とりあえず暗いからそこで寝てて……起きたのが今さっきだ」


 とりあえずで森の藪で寝るなよとか、イセカイというのは王都より遠いところなのとか、メイベルが子供のように色々と聞き返そうとしたとき、さすがは恐るべき現象が起きた。オーガが起きた。起きるという現象が起きた。早すぎないか。

 酸欠でブラックアウトしていたはずだが、ジャージ男が介抱していたせいもあるだろうか、両の足でこれ以上ないくらい起き上がった。

 メイベルは目を見開いて、次の瞬間に始まるであろう第二ラウンドへの備えてアドレナリンが放出されたが、ジャージ男は笑っていた。穏やかに。


「起きたか。傷は痛むか?」

「ガ……ガゥ……」

「安心しろ。お前の仲間たちは全員……無事ではないが、まあ、ガッツがある連中だ。心配はない」

「グッ、ガァー……」

「ああ。良いな仲間たちだな。お前が意識を失ってからも、誰も逃げなかった」

「え、ちょっと待って。オーガの言葉がわかるんですか?」

「言葉じゃないだろう。こういうのは……それよりも、キミはなぜ俺の言葉を理解できているのか、そちらの方が疑問だ」

「なんの、こと?」

「……ちょっと、何か文字を書いてもらえないか? なんでもいい」

「あたし、文字は書けないわ」

「なら俺が書く。読んでみてくれ」


 メイベルとオーガが見つめる中、ジャージ男は地面にゴブリンの持っていた棍棒で文字を書いた。漢字で“師弟”。

 ジャージ男が信じている概念であり、好きな言葉だった。


「シテイ。先生と生徒、みたいな意味でしょ?」

「なら説明できるか、キミはこの文字をどこで習ったかと。これは日本語という俺の母国語だが」

「……あれ?」


 メイベル自身も、よくよく考えれば不可思議だった。

 メイベルは村では弟や妹、両親のために麦を育てていた。それだけをして育ってきたはずだ。

 それで読み書きも習っていない、その自分が、なぜ文字が読めるのか。

 それどころか、見ず知らずの土地からきたジャージ男と会話し、耳が音として聞いている言葉のそれぞれを理解できるが、どれも知らない言葉であると、改めて気付く。

 理解できるが知らない言葉。知らないのに理解できる言語。

 自分すら知らない自分の秘密を、このジャージ男は知っているということを理解したのだ。


「キミは、鏡の中に何かの幻を見たことがないか?」

「……なんで……」

「ガガウ?」


 オーガと同じような、マヌケな顔をしているだろうとメイベルは分かっていた。

 ただ先生に教えてもらう生徒。自分の脳味噌が水を求める乾いた土であることを表情で察して欲しいと伝えるだけの時間。


「多くの人間は鏡が真実を写していると認識してしまう。

 だが……実際は光は重力で拡散して少し違う姿しか映せないんだ。

 鏡には自分の親しい人間がそのままの姿で写る。そして同じように自分のような姿が映ると大概の人間は納得してしまう。“これが自分なんだ”と」

「意味が、よく、わからないわ」

「自分で自分を無意識に騙すってことだ。だが、その脳よりも、“自分が見たものが正しい”と信じ抜くエゴがあれば。鏡に映る姿が空気や……重力によって曲げられたただの像であると理解できれば、そのとき、人間は鏡を越える。“重力”を感じ取ることができるならば、そのとき、鏡を抜けて他の次元の重力を見つけることができるならば……異世界イセカイへと行けない理由がなくなる、らしい」


 御伽噺めいた話を、メイベルには言葉の意味がよく分からない部分もあった。

 メイベルは重力を無意識に捉えることができる。重力は全ての物質から放たれており、光にも物質にも魂にも、言葉にもある。

 その意志と言葉の重力を察知し、言葉を理解できる才能。

 だが、その部分的とはいえ理解できるというその事実が、その御伽噺の信憑性を持たせていたのだ。


「異世界へと行く能力を持ち、魂の重力を察知して会話できる能力。俺たちはその能力を持つ能力者を“アリス”と呼ぶ」

「ガ、ガーウ」


 言葉の意味は分かっていないが、オーガの方はなるほどぉ、という雰囲気に押されたように納得していた。


「それはあたしは、人間じゃないってこと? つまり」

「いいや。人間であることとアリスであることは関係ない。俺の仲間には狼人間や雷神かみなりのアリスもいるからな。つまり……」

「つまり?」

「つまり、キミは俺の……俺たちの仲間ということだ。一緒に来てくれ。」

(イヤ)っ!」


 街道を目指し、既にメイベルは歩きだしている。

 あたしにはやることがあるんだ。早く大金を稼ぐんだ。そして村に帰る!

 そんな説明をジャージ男にしようと脳裏でなぞったが、ジャージ男の質問は全く違っていた。


「つまり……キミはなぜ、オーガやゴブリンが出歩くような街道に武器も持たず、ひとりでこんなところにいたんだ?」

「はあ? なんで今、聞くの?」

「仲間になる人間が自殺志願者だったら考えないといけないからな」

「何を」

「そうだな、生命保険の受取人を俺にする方法、とかかな?」


 セイメイホケン、という言葉はアリスとしての能力でも理解できない言葉だったが、雰囲気と感情は聞き取れた。

 冗談以外の何物でもない。メイベルは自分だけ必死なようで腹が立った。


「そんなもの、この辺りにはないわよ」

「じゃあ、なんなら有るんだ? 最近、この世界に……何が起きているんだ? なぜキミは旅に出た?」

「――魔王が現れたのよ」

「魔王?」

「どこからともなく、封印が解けたとか、他の大陸からやってきたとかいう話もあったけど、そんなこと、知らないわよ。関係ないもの」

「知らない魔王が現れて、なんでキミが旅に出るのか分からないな」

「麦が売れなくなったの。いや、売れるんだけど……価格が下がったわ。戦争のせいで物価が急変しているのよ」

「……で?」

「妹と弟がいるの。うちの村で、あたしがいたら……お腹いっぱい、あの子たちが食べられないし、あたしのために父さんや母さんがガマンするのを、見たくないの」

「なるほどな。優しいヤツだな。キミは」

「ガガウ」


 メイベルの後を歩きながら、うんうん、とジャージ男とオーガは頷いた。弟や妹のために頑張れるヤツが悪いわけがない。

 ……って、ちょっと待てや。


「なんでオーガが着いてきてるのよ!?」

「え?」

「ガ?」


 振り返ればオーガがいる。

 その背中には、ノックアウトされた舎弟のゴブリンたちもワンセットでいたりする。

 優しいオーガだ。舎弟たちを置いていけば通りすがりの人間やらに襲われて殺されるかもしれない。いや、そうじゃなくて。


「いや。だって。友達だし」

「さっき殴り合ってたでしょ!?」

「だから、もう。ダチ」

「ガウ」


 当たり前だよなぁ。と言わんばかりのひとりと一匹に、メイベルはただ頭を抱えた。

 言葉を交わしただけで理解し合えるのが友人。殴り合って拳を交わして友人になれない道理もないが。


「あたしは! 次の街で仕事を見つけてお金を稼ぐの! それで村に帰るの! あなたたちの友達なんかにはならないわ!」

「そうか! 残念だ! さらばだ!」

「……はあ?」


 ズカズカと進む足音がひとつになった。

 メイベルのあとを、ジャージ男とオーガが追い掛けなくなった。


「……ちょっと。諦めるの、早くない?」

「無理強いしても仕方ない! キミはキミの道を行け! 俺は俺の道を行く!」

「そっちは森だけど」

「オーガたちの家に一日泊めてもらうことにする!」

「いや、それってさっきの藪でしょ」

「雨が降るときの洞窟があるらしい! 友達の家に行くときはいつでも楽しみだな!」

「……あ、っそ……へえ!そお!さようのら!」


 ガッカリしている自分も置いていくように、きびすを返してメイベルは歩調を強くした。

 自分は家族のところに帰るんだ。遠くの世界になんて興味ないんだ。そう言い聞かせて隣の町を目指していく。

 家族と一緒に生きていくんだ。自分が守るんだ。そう思い込もうと胸中――先ほどオーガたちに襲われたときの高揚感が冷め切らない――胸中で、繰り返した。

 その背中を見送って、ジャージ男はオーガと顔を付き合わす。何を怒ってるんだ、あいつは?


「さて、それでは。我が友よ。飯くらい奢ってくれる……ん?」


 視力では捉えることはできないほどの距離。

 ジャージ男は、空の果てからやってくる“それ”に気が付いた。

 凄まじい速度で迫ってくる“それ”に、ジャージ男は、自分がどうすべきかは分からなかったが、どうしたいかは知っていた。

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