【ゼンダ屋】
襲撃から一週間。
メイベルは喧騒の中にいた。
激闘。
奮闘。
乱闘。
「メイベルちゃーん! そろそろ休憩終わるよねー! ごめーん! レジ入ってー!」
「はいはい店長ぉー!」
イトク号の事件以降、メイベルはセカンド・ジョーカーの厨房、ゼンダ屋に所属していた。
店長のザブ・ゼンダは、一週間前に美剣に敗北したときにできた傷にバンソウコウを貼った顔で変わらぬ笑顔を見せていた。
メイベルが最初、ダークエルフかと思ったほどの黒い肌と美貌だが、人間らしい。
ザブが産まれた砂漠の鏡域では誰しも黒い肌をしており、整った顔立ちは美味い料理が秘訣だと、やはり笑った。
繊細そうな彼の指は、今日もジャガイモの芽をえぐり、鶏肉に串を通し、イカのワタを抜く。
ジャックポットランキング十一位、“砂漠のザブ・ゼンダ”は、今日も絶好調で厨房を回していたが、それでも惣菜は見る見る減っていった。
このゼンダ屋は、パン屋よろしく惣菜を陳列し、セルフサービスで選んでトレイに乗せ、レジに運び、米や汁物を注文する半セルフサービス店舗。
海賊たちの空腹を満たす設備で、メイベルは今日も元気にレジを打ち間違えていた。
「メイベルちゃーん! それね! コロッケじゃなくてメンチカツ!」
「どう違うの!?」
「メイベルちゃんの夕ご飯、決まったね。あとで食べてみればいいよ!」
「わかったわ! 感謝です!」
ゼンダ屋は、いつものように繁盛していた。
食事ができる場所はこの船には何か所かあるが、この食堂はその中で最も基本的で、最も多く使われ、唯一の二四時間営業。
船内では共通した時計はあり、照明の強弱で朝・夕時間を区別はしているものの、鏡海は常に白く輝いており、夜らしい夜はない。
作業が長引くこともあり、食堂は二四時間、常に客が入っている。
とはいえ、新人のメイベルが重宝がられるほど忙しい第一の理由は、主力である風琵朗がいないことが大きかった。
激闘。
奮闘。
乱闘。
それは一週間前。
貨物船イトクを襲撃した日の喧騒の中。
ロックロック――結局、ロックロックという慈朗の付けた適当な呼称は岩人間たちが異議を唱えなかったこともあり定着した――の捕らわれた岩人間たちを救うべく、海賊たちは三十時間ほどで計画を整え、イトクを占領した。
そしてそれは、その貨物船イトクに乗り込む面々をメイベルたちが送り出したときのことだった。
「頑張ってね! 風琵朗くん! 大丈夫! 風琵朗くんならできるから、オッドアイさんたちを助けてあげてね!」
「……うん、ありがとう」
「風琵朗くん、あたし、風琵朗くんが他の世界で頑張っている間、ゼンダ屋さんで頑張るわ! 風琵朗くんは得意料理と好きな料理、ある?」
「……? 得意なのは、なんだろう。食堂で出してるのは全部作れるけど」
「風琵朗は卵焼き好きだろ。いつもニコニコしてるしな」
「……そうかな」
「そうだって!」
横から割り込んできた兄が護朗なのは明らかだった。
同じ顔の慈朗もいるが、表情と語気に陽気さが溢れている。
「なら帰ってくるまでに美味しい卵焼きを作れるようになっておくわね!」
言いながら、メイベルはぎゅう、とメ鍛えているとはいえ、風琵朗に比べれば華奢すぎる両腕で大きなウエストを抱きしめた。
横で打ち合わせや作業をしていた海賊たちの動きが止まった。その中には長男・慈朗も含まれていた。
「あ、えと……みんな、見てる……」
「ああ! ごめんなさい! なんか風琵朗くんって弟みたいだから、ついね。嫌だった?」
「嫌……じゃ、ない」
「なら良かったわ! 頑張ってね! あたしも食堂で頑張るわ! じゃあね!」
弾けるようにきびすを返したメイベルの背中を、風琵朗はずっと見送っていた。
「ねえ、兄ちゃん……俺、変なのかな……」
「どうした」
「なんか……メイベルさんを見てると……心臓がバクバクする」
「本当かよ!? そりゃマズいな! 変な病気だったら困るな! 医務室行こうぜ!」
「行かんでいいっ!」
天然めいた末弟へ、それ以上の天然の真ん中のアドバイスに、思わず静観していた長男・慈朗のツッコミが入ったのは、言うまでもない。
「風琵朗はともかく……護朗、参考までに聞くが」
「ん?」
「お前、人を好きになったこと、あるか?」
「風琵朗も兄貴も大好きだぜ!」
「……もういい」
初恋もまだの次男、初恋真っただ中の三男。
しかもその相手であるメイベルに、慈朗本人は初対面で殴り倒されている。
不機嫌な長男は頭を抱えることも、また心労が増えただけと自分に言い聞かせるだけにとどまった。
そうして源三兄弟という海賊たちに占領された、貨物船イトクは、岩人間たちを救援すべく旅だったのだった。




