【慈朗と護朗と風琵朗】
「さらわれた岩たちを見捨てれば良いだろう。それならすぐ終わる」
慈朗の言葉に、岩でできているはずのオッドアイの表情から怒りを簡単に読み取れた。
制圧が終わってからノソノソと現れた慈朗の言葉に、誰もが耳と目を疑った。
最強の戦士である美剣の敗走、代表である艦長・日連堂の捕縛、資材扱いしていた岩人間たちに自我があることの証明。
この状況で、貨物船の乗員たちには命懸けで反抗する理由がなくなった。
その流れには間違いなく最強の戦士・美剣咲夜と引き分けた好漢、護朗の存在が大きかった。
その男と同じ顔をした男、兄である慈朗の暴論めいた発言は、信じがたいものだった。
「岩の固まりを採掘して運んでただけの連中を罪なんてないだろ。むしろ岩の固まりに心があると断定して襲撃してる俺たちが海賊すぎるくらいだ」
内容は貨物船の擁護とも取れるが、その不遜な言い回しに、誰もが不快だった。
そのことを気付いているだろうに配慮をしようともしない、その態度に誰もがこみ上げる熱のようなものを覚えた。
「ひとつ訊ねたいんだけど、風琵朗くん」
「ん?」
「ほんっっっとに、あなたたち、兄弟なの?」
「うん、兄弟。俺も性格悪いと思うけど、自慢の兄さんだよ」
その笑顔には、苦々しい笑顔が混じっていたが、むしろそれで本心であることを察せられた。
「その前に、強奪した方と強奪された方、鏡域の名前は、なんだった?」
「チャンバラーだ。我々貨物船イトクは、チャンバラーという世界から来ている」
縛られていようとなんだろうと何もできないということで拘束を解かれた日連堂は、飛ぶことを忘れた鳩か何かのように椅子に座らされながらも、意地だけはとばかりに堂々と言い放つが、当の慈朗には大して興味がないことらしかった。
「で、もうひとつ、岩石の世界は?」
「名前なんて決めていない。私たちの世界は私たちの世界で、外があるなんて知らなかった」
「なら……ロックロックで良いだろう。捕らわれているロック、岩のロックだ」
他人の世界を、果てしなく雑にネーミングしやがった。
オッドアイも気分はよくなさそうだったが、続きを促す冷静さを失うことはなかった。不愉快なことではある。
「……好きに呼べ」
「ロックロックの岩石生命たちを、チャンバラーが採掘……拉致だったか?」
「兄貴。頼む。オッドアイは風琵朗が一緒に戦った相手だ。弟の戦友なら俺っちも力になりてぇ。頼む。」
言の葉を無意味にザラつかせる兄に、同じ顔をした弟、護朗が止める。
返事こそしなかったが、慈朗は無視することはなかった。
「俺たち海賊の犯している犯罪は、女帝連合からしてもポーンラインからしても違法だな」
「俺たちが連合の法律で違法なんてのは前からだよ。重要なのは、どうすればオッドアイたち岩石生命たちを助けられるかだ」
「人権がないなら人権を持てばいい。クインダムへの加入には連合への支援金名目の上納金がいるし、そのカネを作るのはロックロックでやるにはそれこそ仲間を売り払うぐらいをしないとできない。
ならば、手続きを踏んでポーンラインに加盟すればいい。ポーンラインはクインダムと違って上納金はないしな」
「……なんだって?」
「やれやれというヤツか? 頭に岩しか詰まってないというのは……」
「兄貴、ワルい。俺っちもぜんぜんわからねえ」
オッドアイには反射的なまでに挑発で応じようとしたが、護朗には嘆息を挟んで説明を始めた。
「チャンバラーも所属しているハート・クインダム、女帝連合……他の鏡域から略奪を良しとする経済連合だ。
対してポーン・ライン、共歩組合は不可侵条約の連合だな。武力という面では一枚岩のクインダムの方が上だが、所属している鏡域の数は同程度。
俺たちが観測している中ではこの鏡海の二大勢力だ。
ポーン・ラインは基本は不可侵だが、所属する鏡域が侵略された際は共同して防衛する取り決めとなっているが、実質、所属している鏡域をクインダムの連中は襲わない。他の鏡域を強奪……クインダムの言い方をするなら開発……した方が合理的だからな」
全員が一歩ずつ自分の道を
チェスにおいてポーンは横一列で、前に一歩しか進めない。
それが己の自分の道を指し示すことを意味するが、ひとたび戦いとなれば、隣のラインからポーンが援軍に向かう。
その理念に沿った不可侵組合。それがポーンの道だ。
「なるほど。それで私たちの世界……ロックロックだったか、を、ポーン・ラインに登録すればいい、というわけだな」
「これからポーン・ラインに加盟するのは単純な事務手続きだけだ。俺がやれば百時間かそこらだ。それは問題ない。
だが、そこからは不可侵になっても、今まで拉致された連中の返還義務はない」
「……は?」
黙って聞いていたメイベルも、思わず声を出した。
平和のための不可侵条約とやらが、どうして拉致被害者の救助という話にならないのか。
もちろんその不条理には、ここまで冷徹を保っていたオッドアイも感情を覗かせた。
「それは……なぜだ!?」
「ポーン・ラインは未来の防衛連合であって、過去の清算まではやらない。拉致された連中は取り戻せないし、むしろそれでクインダムへ戦いを仕掛けたりしたら、侵略扱いでポーン・ラインから除名もありうるな」
「どうすれば、いいんだ?」
「シンプルだ。順番を変えればいい。
加盟前にチャンバラーに殴りこんで連れ去られた岩石連中を奪還。そしてポーン・ラインへ加盟……これで問題ない」
「問題、ないのか……?」
「過去は不問だといっただろう。どちらにせよな。どんな事情でも現在を防衛するのがポーン・ラインだ」
手軽に解決するなら、攫われた岩石生物たちを見捨て、残されたロックロックを治めれば良いのだろう。
それで過去さえ忘れれば全て丸く収まる。新しい戦いも起きない。
だがもちろん、そんな退屈で理性的で中庸的な選択をするような人間は、海賊なんてやるわけがない。
「なら、その救出作戦、俺っちは行くぜ! 行くんだろ? オッドアイ! 仲間を助けにな!」
無神経なくらいの大声で断言したのは、この場の主役、護朗。
今はその無神経なほどの快活さが、ただオッドアイには頼もしかった。
うなずくオッドアイに、キジがパシンと指を鳴らしてアピールし、中継しているカメラに自身が映っているのを確認した。
「なら、面子は慈朗、護朗……あとは風琵朗もだな」
「……おい、キジ……?」
「オッドアイには悪いが、セカンドジョーカーは他にやることもある。
全員参加はできない。なら移動にはこの貨物船を使うしかない」
「おい!? 勝手に決めるな!」
日連堂が声こそ出すが、誰も聞いていない。
海賊たちは、そんな常識的な発言は求めていない。
「護朗がいればチャンバラーの連中との航海もしやすいだろうし、そもそもロックロックをポーンラインに登録するなら慈朗がいる。なら風琵朗も当然入れる。お前たち兄弟は、三人揃っていればお前たちは……無敵だしな」
そっくりで正反対な慈朗と護朗、そして顔形も(メイベル以外からすれば)似ていない風琵朗。
その三人が特別な三兄弟であることは、既に全員が理解していた。
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