【ミナモト サン】(5)あるいは【板渡り】(2)
人が獣を狩る姿は暴力的であり、獣が人間を打ち負かすのは野性的である。それをどちらも戦いというにはいささかの誤謬が含まれる。
戦いとは。
決闘とは。
人と人、あるいは獣と獣でのみ成立するのだ。
並走する二台のバイクは、エンジンの心臓が命ずるまま加速する。
激情に激情で応えてこその戦い。
メイベルやイアンは、貨物船に突入してからリョウや七琵郎、オッドアイといった圧倒的なまでの戦力がヒロイックに敵を蹴散らすのを目の当たりにした。
しかし、護朗と美剣の戦いはそうではなかった。
それは両者が超人的であり、なおかつ拮抗しているからに他ならない。
異なる世界に生まれながら同等の世界観を持つ獣同士なのだ。
『ヴォォオオオオオオオッッ!』
異口同音。異魂同叫。重なる咆哮。
今もまた、美剣は手首を支点に全身で跳ねるように身体を振り、その反動で大刀を駆使している。
着地する瞬間には、刀に残る重量が反動となり、のけぞる。そしてそのしなりが次の攻撃となる。
飛び跳ね、ビリヤード台を切り裂き、天井の照明を揺らして足場にする。
一撃必殺の嵐が荒れ狂う。何人の武装した兵士が相手だったとしても紙きれ同然。
相対しているのが護朗でなければ、何本首があっても足りず、いくつ頭があっても総じて叩き割られているだろう。
鉄棍が一撃を止めている。明らかに速度に追いつけず視界の外からの一撃もあるが、護朗は男性離れした柔軟性で背面に鉄棍をふるい、人間離れした膂力で弾く。
メイベルは動きを追うだけで視力の限界が近いが、リョウは平然と観戦に回っていた。
「あの美剣とかいうヤツ、全身がバネみたいだな。攻撃と回避がワン・アクションでできている。象形拳に近いな」
「ショウケイケン?」
「犬や猿になりきる武術でな。跳ねる動きを追うだけで相手は後手に回る。アイツの動きは……そうだな」
「蛇、かな。刀が口で、あとは全部尻尾って気がする」
メイベルの解答に、兄弟子のリョウは満足げだった。
美しく飛び回り、鎌首めいた刀を振り回す美剣の攻撃に、既に戦ったふたりの海賊は敗れたのだろう理解できた。
ふたりの戦いは液状の歯車で、一度たりとも同じ動きがないのに必ず噛み合い受け止める。
汗のしずくが、ふたりの笑みを通り過ぎる。
そして。
「っおおっ?!」
護朗の鉄棍が切れた、いや、折れた。
ちょうど中央部分に美剣の踏みぬくような蹴りを受けて、護朗は反動を利用するように初めてバックステップで距離を置いた。
「……バカな! 兄ちゃんの雷霆はOTCだぞっ?!」
「いや、美剣の使ってる剣も同じオーバータングステンカーバイトだな。鏡海を越えてるんだ。それくらい持ってるってことだろ」
「それって、なに?」
「ヒヒイロカネとかアダマンタイトって聞いたことないか? 俺たちはマルスニウムって呼んでるが……それを配合した壊れない合金だが、同じ合金同士で、そして美剣が上手かったな。同じ個所……一ミリもズレてない位置に攻撃してた。気付かなかった護朗がうかつだったな」
気付くわけがない。あれだけの高速戦闘で同じ個所に攻撃、だって?
はたから見ていても辛うじて目で追えるような激戦で、狙撃めいた攻撃を瞬時に、繰り返し、放っていたというのか。
その速すぎる戦いは、一度、停止していた。
問いかけたのは、優勢である美剣だ。
「降参か?」
「安心しろって。俺っちはトンファーも使えるからな。こっからだぜ!」
「手遊びで拙者の技を受けきれるとでも?」
「俺は死んでも恨んだりしねえ。気にせず掛かってこい」
「拙者が気にすると言っているんだ。お前は本物のサムライだ。できることなら殺したくはない」
「そっちは刃物だしな。手加減は難しいかもな。
……大丈夫。うちの医療班は優秀だから。心臓ブチぬくくらいならまだ蘇生してくれるから」
「……そうか」
「あいつら、やっぱり気になるか?」
「……気にならない、といえばウソになるだろうな」
護朗の言葉と視線は、観衆に向いた。その先には刀のような大ぶりな刃の付いた槍……青龍刀を担いだ女が静かにふたりを見ていた。
美剣の方は、サーチライトの横、猫のように寝そべる大鎌の女――先ほど食堂にいた女だ――を一瞥する。
共に共通するのはとても美しい女で、そして場違いなまでの強さを持ち、それが見ただけでわかるほどだとういことだ。
この板渡りは勝ち抜き戦。美剣が護朗を倒した後、あのふたりと戦わなければならないことを意味していた。
「バケモノが……ずいぶんいるな……」
「青龍刀の方がフェザー、上で寝てるのがリリだ。あとは後ろにいるリョウも俺よりランクが上だな」
言いながら護朗は友達を紹介するような、というか、本当にそのつもりなのだろう。無造作にリョウを指さした。
リョウの方も気安く拳を挙げて応じてみせた。
「本当か? 大した力を感じないが……」
「リョウは戦わないと強さがわからないし、戦うと楽しいヤツだから戦ってみてほしい気はするが……まあ、俺は勝ちは譲る気はねえがな」
またもやクルクルと折れた雷霆を回し、臨戦態勢であることを示す護朗。
「……サムライよ。謝罪することがある。この会話は……」
「時間稼ぎだろ。知ってるよ。さっき雷霆を折った段階で限界だったんだよな。見た目には出さないようにしてたけど、息が上がってたからな」
「すまん。呼吸が戻るまで会話を利用した。だが言葉には噓はない。お前を殺したくないというのも本音だ」
「わかってるって。話術も兵法の内だし、卑怯だなんて思わないし……それにな」
護朗の拳が光りだしていた。
それは弟の風琵朗の拳の“風”と“神”の字と同じく、アリス能力者ならば読解できる漢字だった。




