【ミナモト サン】(4)あるいは【板渡り】(1)
既に貨物船の中は海賊たちが制圧し、リョウやメイベルたちが最後の戦闘が行われている区画に到着したとき、他の海賊たちがほとんど集結していた。
「ああああっとぁぁ! ザブ! 弾かれたぁあああ!」
スピーカーを通した大声が、貨物船の遊戯室に響き渡る。
長旅をするための娯楽だろう、遊技台がいくつか設置されているが、戦闘によって使い物にならないほどにボロボロになっている。
そんな中のひとつ、ビリヤード台にひとりの男が叩きつけられた。メイベルにとって、どこかで見た男だった。
髪を短く刈り揃えた褐色の肌の美形の壮年男性だが、その服装はエプロンとコックシューズ。しかもエプロンには、【ゼンダ屋】の文字。
――そう、風琵朗のいた、あの食堂の店長だった。
「降参だよ。ただ……キミほどの達人が……奴隷商人などをやっているのが……残念だよ」
「……次のヤツを、出せ……」
店長の降伏宣言にも、戦っていた剣士は気を緩めない。
そう、この空間で戦っているのは、店長ともうひとりだけだった。
既に到着していた海賊たち、そして銃器を構えている貨物船員たち、誰もが戦いを見守っているだけだった。
「おぁああああっとおぉ! 我らがセカンドジョーカー、戦う料理人、ジャックポットランキング第十一位、ザブ・ゼンダが倒されたぁあああ! なかなかやるぞ! この剣士! カワイイだけじゃなぁあああいい!
次なる対戦相手は――」
先ほどと同じ声がスピーカー越しに拡散される。
大本を追えば、全身ピンクのスーツに身を包んだ男が大声を張り上げていた。
思えば、食堂でも同じようなスーツを着た少女が乱闘を実況していたが、身内だろうか。
「あいつはジャックポット。セカンドジョーカー内のギャンブルやゲームの元締めだ」
「ギャンブル……!?」
「これは……“板渡り”っていう決闘だよ。互いの代表が勝ち抜きで順番に戦っていって、最後に勝った方が無条件降伏をする、っていう海賊流の、さ」
「なるほど。船内の戦いの大勢は、もう僕たちが勝ってるけど、最後の最後で決死の攻撃とかを仕掛けられると、何をされるかわからないですものね」
「何を、って? イアン?」
リョウや風琵朗の説明に、イアンは早々と察したが、まだ人間を蹴り倒したショックで頭に血が登っているメイベルは、話が見えていなかった。
「……前にもいたんだよね。船ごと自爆とか、決死特攻とかしたがる人たち……」
「決闘なら敵も腕の立つヤツが順番に出てくる。で、それが倒されていくと雑魚は戦意が折れる」
「なるほど」
同時進行で相手の自爆装置とかも外せるしな、とリョウが心の中で付け加えた。
今回の貨物船に自爆装置なんてないだろうが、エンジンの暴走とかそういう手段は可能かもしれない。
時間を稼げば、徐々に乗船してきている頭脳労働担当の海賊たちが、それらを予防する手を打てる、というわけだ。
そんなことを話している間に、大声を張り上げていたジャックポットがメイベルたちに気が付いた。
「これはこれはルーキーさんたちのご到着だ!
賭けの間、注目! あちら今日、我々海賊に加わったおふたり、メイベル嬢とイアン嬢と……見覚えのない岩石のお客人!
ようこそセカンドジョーカーへ! 給料の前借りは禁じられてるから、次の機会に賭けてくれぇぇーい!」
その実利的な部分を、賭けに利用している、というわけだった。
この貨物船でも遊戯室があるように、長旅ではエンタテイメントは必要であり、命懸けの戦いをギャンブルとして運用しているのだった。
とはいえ、敵との交渉やマッチメイクを行っているのはこのジャックポットという男であり、その手腕が海賊全体にとって有益なものであるのは、この状況が証明しているのだが。
「ルーキーの引率は、ジャックポットランキング四位・“重爆拳士”リョウ、十二位・“風神”風琵朗!
次々に海賊船の腕利きたちが集結しているぞ!
対する貨物船イトク代表・美剣咲夜、名前の通りの美少女剣士! 果たして全員倒すことができるのか!
既に我らが海賊船代表、二〇位グループ“激怒トサカ”ヴェヴァヴォン、十一位の“砂礫の料理人”ザブと撃破!
続くは第九位、護朗だぁあああー-!」
丁寧にもスポットライトがふたりを照らす。
――このジャックポットという男、スタッフとライト設備まで敵の船に持ち込んでいる。
照らされた内のひとりは、白地にタンポポの刺繡のされた着物をまとい、大ぶりな日本刀を構えた幼さの残る美剣士。
既にふたり倒しているというだけあり、裂けた着物から覗く肢体の白に鮮血の赤、美麗な顔立ちには闘志が溢れている。
もうひとりは海賊、身の丈より長い棒をくるくると回してスポットライトの中で歓声に応えてみせる。
短髪を強引にワックスで逆立て、挑発的な表情と海賊的なまでの戦いの姿勢に思うところはあるが、それよりもメイベルとイアンを驚かせたことがある。
特徴的なキレ長の目。その顔は、先ほどマネーカードの発行でメイベルとイアンに文句を付けた、あの慈朗という男と全く同じ顔をしているのだった。
「あの人、慈朗さん、ですか?」
「まあ、同じ顔だけどな。慈朗の弟の護朗だよ」
「やっぱりそうなんだ。じゃあ風琵朗くん、三人兄弟? 他にもいるの?」
「いないよ……慈朗と護朗と風琵朗で源三兄弟……」
風琵朗は言い終わって、おや、とひとつ。
イアンは同じ顔だから慈朗と護朗を同一人物なのかと訊いた。だがメイベルは風琵朗まで兄弟だと言い当てた。
似ているもなにも、オーガやオーク的な風貌で種族から違うとしか思えないような、風琵朗を、である。
「……リョウ、俺たちが兄弟って教えた?」
「俺は言ってないと思うが、誰に聞いたんだ、メイベル」
「? いや、だって、そっくりじゃん。風琵朗くんと、お兄さんたち。どう見ても風琵朗くんが末っ子でしょ?」
繰り返そう。
風琵朗は体格も一番大きく、その顔は端正な兄ふたりとは種族から違うとしか思えないような緑色の肌の巨躯。
それを、メイベルは“そっくり”と言い当てたのだ。
「アリスとしての能力、じゃないよな……?」
「雰囲気とかそっくりでしょ。どう見ても……そういえば、ごめんね。風琵朗くん、キミのお兄さんの慈朗さん、殴っちゃった」
「……それは、別にいいけど、どうせ、兄さんが失礼なことを言ったんだろうし」
「うん。慈朗っていう人には謝る気はないわ。けど、あたしだったら弟や妹がどんなに悪いことをしていたとしても、殴られたらイヤな気持ちになるわ。だから、あたしは慈朗じゃなくて風琵朗くんに謝ってるの」
「……年下、っていうのは?」
「なんかカワイイのよね。風琵朗くんって。うちの弟みたいで」
言いながら、メイベルは背伸びをしながら風琵朗の角の生えたゴツゴツとした頭を撫でた。
それが当たり前だと言わんばかりの迷いのない動作に風琵朗の動きは止まり、そして心臓は異様なまでに、風琵朗本人にもわからないほどに高鳴っていた。
そのことにはメイベルも気付かず、格闘一筋のリョウは気づくはずもなく、イアンだけがその意味を察して頬を赤くしていた。
「戦いが、始まるようですよ」
沈黙を貫いていたオッド・アイが、初恋をした巨体の少年、初恋をされたことを気付いていない女、その兄貴分、それに気付いてひとりテンパる元魔王を戦場に引き戻した。
ベッティングを終えて歓声が収まり、美剣が構えるが、そこでなお、対戦相手たる護朗が手をかざして待ったをかけた。
「おれっち、前の戦いを見てるから、お前が剣士だって知ってるんだ」
「――だから?」
「おれっちの武器も教えておくぜ。武器はこの打棍・雷霆、中に機械が入ってて電撃が出る仕込みがある」
「ナメているのか、拙者を」
「違う! おれっちはちゃんと戦いてえだけだ! 戦いが終わったときに恨みっこなしに“良い勝負だった”ってダチになりてぇっ! だから教えた!」
「それを……ナメていると言うのだろうがッ!」
怒りのままに美剣の小さな身体が跳躍し、護朗の電撃の仕込み棒が迎え撃つ。
激闘の幕が切って降ろされた。
――こんなに正々堂々な護朗さんと風琵朗くんのお兄さんなのに、なんであの慈朗って人、性格悪いんだろう?――
そんな疑問をメイベルに植え付けつつ、戦いは始まった。




