【必殺の不殺】
ばかげた喧噪めいた“略奪”は、開戦から既に十数分が経過していた。
広い貨物船の中、そこかしこで起こる戦闘ではおおむね海賊側が有利に展開していた。
それぞれに戦闘技術とモチベーションの高い面々が奇襲を掛けたのだから自然な流れではある。
とはいえ、海賊たちが全員、リョウのような特筆すべき戦闘力を持っているわけではなく、大部分は漫画的な回避能力を有するわけでもなく、撃たれれば命に関わる。
そんな戦闘力の突出した人員のいない区画では、苦戦を強いられており、特に船底近くの貯水タンクでの戦いでは、貨物船の戦闘員たちが自らの船である地の利と数に任せた銃撃を武器に、突破を難しくしていた。
海賊側は、渡り歩いた世界で拡充された防弾チョッキやヘルメットで防備し訓練をしている、とはいえ、超人とは言い難いメンバーのみが集結していた。
鉄より硬くプラスチックより軽くとも、弾丸が当たれば衝撃は抜けるし、当たり所によってはもちろん死ぬ。
海賊たちは危機感の海を逡巡する。
下がるべきか、いや攻撃の手を緩められない、ここは貯水タンクである。
スプリンクラーやトイレに通じており、船内に薬物を散布する手段もあるかもしれない。
もちろん、自分の船の中でそんなことをすれば自殺行為ではあるが、圧倒的不利な状況となれば、なにをするかわからないのが人間というもので。
特にこの船は、奴隷運搬船。
脱走や反乱鎮圧のための仕掛けがある確率は、決して低くない。
「デジュン、上位の“ランカー”到着の連絡はないのか……!?」
「バトルマニアのリリやフェザーは来ているだろうが……あのマイペースたちをアテにできるかよ!」
「なんで!?」
「……マイペースだからだよっ!」
吼えた言葉が銃声にかき消される戦場で、貨物船員のひとりが突撃を仕掛けてきた。
デジュンと呼ばれた海賊は、アサルトライフルを投げ捨て、突撃してきた貨物船員にハンドガンを一発。
正確に膝を打ち抜いてその場に転がす。こちらは貫通性能が高く体内に残らないハードポイント弾。
動く標的にハンドガンを即座に命中させる、もちろん、殺す気ならばもっと当てやすい場所もいくらでも有ったが、それでも、デジュンは膝を狙った。
「おい! 死にたくなければ這ってズレろ! 流れ弾で――」
デジュンの言葉が届く間もなく、膝を撃ち抜かれた船員は流れ弾を胴体に食らって動かなくなった。
その弾丸は、仲間であるはずの貨物船員たちの放った弾丸であることを、彼は気付いているだろうか?
「……っち……!」
「気にするなデジュン! 集中しろ!」
「してるさ、尚のことなっ!」
自由参加の略奪。
自由という言葉の軽さは軽薄さとイコールで、重さは罪と血の重さとイコールになる。
この船に捕らわれた見ず知らずの、モノ扱いされている誰かを“略奪”するための戦い。
奴隷として、商品として運搬される見ず知らずの“誰か”。
だが、デジュンがこの略奪に参加しなければ、今の貨物船員は撃たれなかったかもしれない。
海賊たちは正義を名乗ることはない。これは略奪なのだ。弱者を助けるためだとしても、虐げる者相手だとしても戦い、傷つけたことは変わらない。
自らが信じ、自らを信じる戦いだった。
デジュンは、焦るなと自分に言い聞かせていた。
同志たる海賊たちを危険にも晒さない。牽制しつつ主力の到着を待つのだ。
そして、銃撃が降り注ぐ中、その均衡を崩す五人組が走ってきていた。
「お待たせぇっ!」
戦闘の四季が、冬から春になる。風向きが変わる。
均衡状態の銃撃の中、怒りに燃えるメイベル、風琵朗、アリスの岩人間の三人が駆け抜けた。
他の岩人間たちも鎖は外せたものの、銃撃戦となれば危険も伴うし、戦闘に不慣れな者も多く、幽閉と輸送による疲弊も大きかった。
そんな中、戦闘意欲があり走り回れるのがこのアリスの岩人間……“オッド・アイ”だけだった。
岩人間同士は音としての名前を持たないということで、便宜的に左右の瞳の宝石の色が異なったことからそう呼ぶことにしたのだ。
「いや、ちょ、え、誰!?」
デジュンたちにも風琵朗はわかる。いつも食堂で働いている、待ちに待った上位の“ランカー”だ。
あまり略奪に参加することはないが、参加さえすれば、高い戦闘力と機動力、そして口数こそ多くはないものの、マイペースではなく協調性溢れる、頼れる巨体。それが風琵朗の評価だった。
しかしながら、新入りのメイベルたちのことは知る由もない。誰だよあの小娘と岩人間――とはいえ、それでも場の空気が変わった。
貨物船員たちの咆哮と銃声が重なり、硝煙と共に通路に充満する。
しかし、なんというか、もちろん、通じるわけもない。
弾丸の多くは風琵朗の両拳の“風”と“神”の文字の輝きにより生じた風の鎧とでもいうべき竜巻によって、蚊取り線香にやられた蚊のように撃墜されている。
メイベルは、それに加えてイアンが後方で唱える呪文の障壁に守られている。
そして、オッド・アイはといえば、仮に風の壁を突破したとしても、弾丸がその岩の皮膚に突き刺さらない。
もちろん、岩人間全員がこれほどの強度と戦闘力があるならば捕えられるわけもなく、岩人間の中でも、オッド・アイだけは別格の強度であるらしい。
リョウがアリスでないことから、精神力とアリスであることの有無がイコールでないとは考えるが、無関係だとも思えない。
アリスとなる存在は、やはり別格の“何か”がある、そう思わせる存在感だった。
風琵朗の拳の放つ目には見えない旋風が、密集する貨物船員たちをボウリングのピンのように跳ね飛ばす。ストライク。
倒れた敵を前に、風琵朗とオッド・アイの巨体が確固撃破を仕掛け、そしてメイベルもまた叫ぶ。
「イアン! 外して! 邪魔!」
落ちこぼれと呼ばれていたイアンの魔術は、敵の攻撃を防ぎながら一方的に攻撃できるほど都合のいい魔術ではないらしい。
「ナメるなぁ、小娘ぇっ!」
船員は即座に風で吹き飛ばされた銃を拾うこともなく、腰に吊り下げていた警棒を引き抜いている。
しかし、既にメイベルの細い脚が旋転していた――ハイキック。
下半身だけでなく、背筋・腹筋から連なる多くの筋肉を連動させ、相手の絶対急所たる頭部へ爪先を撃ち込む。多くの格闘技が用いる最高峰の破壊力ある打撃。
「……っァ」
言葉を発することもなく、船員が倒れた。
船員は昏倒こそしたが頚椎骨折も頭蓋骨陥没もせず、幸運なことに肩から倒れて頭は強く打たず、呼吸・脈は正常。
――むしろ異常があるのは、蹴り倒したあとに、銃弾が飛び交う中で、即座にそこまで確認したメイベルの方であり、風琵朗もそれに気付いて駆け寄ってきた。
「……どうしたの?」
「わかんない、なんか……手が、震えて……?」
「調子が悪いならもう、休んでて良いんじゃないかな……」
「……でも……」
「大丈夫だよ、もうリョウが……間に合う」
「……うん、ありがと。風琵朗“くん”」
「え?」
風琵朗が聞き返したのを聞き逃したメイベルは、そこで戦況を把握した。
自分がひとり倒している間に、オッド・アイは銃撃の利かない身体で銃を奪い取ることだけに徹して追い打ちは掛けない。相手が自分たちを虐げた奴隷商人だというのに。
メイベルが、自分の身に起きた異変の意味がわからない中でも、他の海賊たちが拘束していく。
仲間が次々に倒されていく中、貨物船員たちも必死の抵抗は続いていた。
――奴隷商人たちである。異なる世界の敵に自分たちを捕えればどうなるか、不必要なほどに想像してしまっているのだ。
「おい! あれは特級個体のロックマンだぞ! なんであれがここにいるんだ!」
「知らねえよ! 美剣さんを呼んで来い! あの人以外であんなのに対抗できるヤツ……!」
「へえ。いるのか。そんなヤツ」
銃撃をしていた貨物船員たちの背後から掛かるリョウの声。
通気口を通って背後から出たリョウの不意打ち。
ノーモーションから繰り出されるリードパンチ。握った拳の親指を上にして放つ縦券系のパンチ。
拳法系で多く用いられる打ち方で、リョウは息をするのと同じように練習した業であり、一呼吸ごとに貨物船員たちをノックアウトしてみせ――……戦いは終わった。
そして、リョウはイアンに肩を抱かれていたメイベルのそばまで、静かに、歩みを進めた。
「――怖かっただろ」
「……え?」
「さっき、お前は怒りのままにコイツらを攻撃をした。銃撃の中でもお前はビビってなかった。だが、ハイキックを打ったとき、怖かっただろ」
「……なんで」
「お前は自分が死ぬのは怖くないのに、人を殺すんじゃないか、って怖がったんだよ」
リョウの言葉に、メイベルはやっと自分の震えの正体がわかった。
旅をしてきた。リョウと一緒に魔王を倒す旅の中でも、戦いは多く見てきたし、危険な目にも遭った。
けれど、その中で、はじめて誰かを傷つけようとした。
力加減を間違えれば、相手を、殺しかねなかったというのに。
「平気だと……思ったんだけど」
「平気じゃないヤツだと思ったから、技を教えてるんだよ」
ハイキックは、リョウがメイベルに出会ってから教えていた“一撃必殺”である。
防御の技術を勉強中であるメイベルでは戦いが長引けば不利となり、奇襲的な一撃で倒すことが現実的であるという判断からだったが、それをリョウとの組手、ゾンビやゴーレムといった命のない相手以外で使った。
力加減を間違えれば殺しかねず、弱すぎれば隙が多く反撃で危険となる技。
彼女の生来の柔軟性と、実直に繰り返したトレーニングの生んだ破壊力はこれまた彼女の生来の優しさから生じる義憤によって放たれた。
ノックアウトしつつ、殺さない。
相手を殺さないギリギリの調整。破壊力を伴う不殺。
メイベルが泣いている意味はひとつではなく、混ざりあった多色めいた無色の雫。
「アニさん、あたし、どうすれば、良いかな」
「悩めよ。決めるのはいつでもお前だ。だが……良い、蹴りだったぞ」
ギリギリの手加減は、実戦の中でのみ成るとリョウは理解していた。
その確信にも似た期待にメイベルは応えて見せたが、それは他人を傷つけることが平気になるという意味ではない。
「……あたし、弱いね」
「強くなれるさ。そう望むなら。俺たちは全員、そう思ってる」
肩を抱くイアンも、傍らに立つ風琵朗やオッド・アイも、リョウの言葉を肯定していた。
メイベルは立ち上がり、次の戦場を目指すべく、立ち上がり、走り出した。
その視線の端、銃撃戦をしていた海賊たちが、武器を投げ捨てて作業に当たっているのを見ながら。
先ほど、流れ弾が胴体に突き刺さった貨物船員を、敵だった男の止血をし、声を掛け続けている、その姿を刻み付けながら。




