【オッド・アイ】
貨物室には、多くのコンテナが積まれていた。
食料品や生活必需品が目につくが、それらはこの船の船員たちが使うものであって、運搬される貨物ではないようだった。
この船の積み荷、それは正に荷物といった風に鎖で繋がれ、首輪がジャラジャラと揺れている。それはメイベルたちの誰もが貨物とは呼ばないものだった。
「こんなの、そんな……!」
「奴隷船、ってこと!?」
「どうかな。俺も見てみて思ったが、この船の連中はマジで貨物だと思ってるかもな」
鎖で繋がれたのは、人型の岩石。その数は百に届くほどで、広大な貨物室に所狭しと詰められている。
それらがただの岩石ではないことは、わずかずつ脈動する姿、そして人間においては顔に当たる部分に輝く色とりどりの宝玉に見て取れる。
ただの宝石ではない。意思宿る瞳そのもの。
その瞳が曇っているのは、貨物室の暗がりのせいだけではないこともまた明らかである。
そのことが、メイベルとイアンの吐き気に似た激情を煽った。
「こんなの、こんなの……!」
「この船って、ちゃんとしたところの、ちゃんとした船じゃないの!?」
「ちゃんとした船さ。連合に所属している船同士で取引しているが、連合に所属していない連中からは奪い取るクソどもの集まりだよ」
「……よくあることだよ……俺のいた鏡域……世界では……同じ世界の中でも……奴隷商人がいたよ……アメリカ、イギリス、日本……どの国でも、どの世界でも……ふたりの世界では、無かったの……?」
だん、とメイベルが蹴り抜くように力強く舟艇を踏みしめた。
そもそも、アリスとはいえ奴隷という言葉を正しく理解できていることが、風琵朗の質問の回答でもあるのだ。
見た目が違うから、生まれが違うから、自分ではないから。
反吐が出るほどにありきたりな利己主義への怒りが、メイベルの肉体に行き場のない熱を生み出しているのだ。
「わかりました。つまり、あなたたち……いや、僕たち海賊のするのは、そういう“略奪”なんですね?」
「ああ。連合とやらの法律的には、この船のしているのは“他鏡域への資源調達”だからな。それも俺たちの基準で言えばスナークそのものだが……ま、横から邪魔してるんだから俺たちが犯罪者で略奪者だ」
人身売買・奴隷商人。
どの世界にもあることといえばそうだろうが、はいそうですかと見逃せる人間は、この場にはいない。
己のしてきたことを重ねて沈みかけているイアンだが、横で怒りに燃えるメイベルから飛び火している。
犯した罪への苦悩はある。忘れるわけがない。
だが、今はそれよりもやるべきことがある。ウダウダしている場合じゃないのだ。
「行くよ! みんな! 上にいってこの船の連中を畳むわ!」
「待ってくれ……」
その勢いを止めた聞き覚えのない静かな声は、意外な方向から掛かった。
鎖に繋がれた岩人間の内の一体で、その中で一回り小さい……といってもリョウより大きく、風琵朗と同じくらいだろうか。
瞳に当たる宝玉が特徴的で、左右で青と赤の異なる輝きを放っており、岩でできたまぶたが重厚に一度、まばたきをした。
「あなたたちはこの船の連中ではないようですけど、何者ですか?」
「俺たちはこの船の敵の海賊だよ。それとキミは俺と会話ができているが、アリスだな」
「……本当にひとりアリス“じゃない”人がいると便利でいいね」
風琵朗もアリスらしく、アリスは次元を超えて誰とでも会話できるため、その違和感に気づかない。
四人の中で唯一、アリスではないリョウがそのことを探知する役割となっている。
「なぜか仲間たちの中で私だけがこの船の言葉がわかりました。そして……」
言葉を最後まで待たずして、メイベルが岩人間の鎖を手刀で叩いた。
「言葉はあと……これから一緒に、殴りに行きましょう! この船の連中を!」
高らかに晴れやかに宣言したメイベルに、他の言葉はいらなかった。
――余談だが、もちろん岩人間たちに切れないような強度の鎖をメイベルの手刀くらいで切断できるわけもなく、先ほど倒した船員のポケットからイアンが首輪の鍵を見つけ出して開けた。




