【兄妹子】
貨物船。
通路を駆け抜け、メイベルたちは奇妙なことに気が付いた。
略奪するべく突撃したはずだが、海賊たちは誰一人そちらには向かっていなかった。
真白の通路には、それが証拠に船員たちが倒されてはいなった。
「風琵朗、しんがりを……」
「うん、良いよ」
リョウと七琵朗がなんとも簡潔すぎる打ち合わせを走りながら済ませたとき、何者かが行く手を阻んだ。
知らない顔だが、切迫した表情と手に持ったアサルトライフルが雄弁に物語っている。
この貨物船の戦闘員たち、通路を埋めるように五人。
「海賊どもぉ!」
「降伏しろ!」
銃のことはメイベルは知らなかったが、それが弓矢やクロスボウのように何かを射出する武具であることは、本能的に理解できた。
危ない! そう叫ぶより早くリョウの左腕が動いている。
通路に据え付けられていた消火器を引き抜き、ダーツのように最前線の船員の胴体に鉄の管をめりこませていた。
他の船員たちの意識が、倒れる仲間に向けられる。それはそうだ。まだ距離のある敵よりも、倒れるときに銃を乱射される方が危険性が高い。
――――普通の、相手ならば――――
「喋る前に撃て、お前らぁっ!」
視線をリョウから切ってはいけなかったのだ。切らなかったら結果が変わったわけでもないのだが。
鍛え抜かれたリョウの足が振り子のように大股で駆け、壁を蹴る。
剛腕は側面から一人目の首を抱えてネックブリーカーの要領で倒し、そして足払いからブレイクダンスのように回転して下からの散打が他の面々を仕留めていく。
次にリョウが立ち上がったとき貨物船員たちが交替に地に伏した。一発も弾丸を打つ間もなく。
「……すご……」
「今のはこいつらの視線の動かし方がヌルかったから突撃したが、もう少しできるヤツなら消火器を食らった仲間をひとりが退かして、残りが銃を乱射する場面だったな」
「ん? 今、あたしたち、死にかけてた?」
「いいや。今は風琵朗がいるからな。お前たちへの弾丸は風で弾けるから気にせず動いてた」
しんがりってそういう意味か。要するにふたりの護衛として連れてきたらしい。
リョウの格闘センスは図抜けているが、それでも今のような場面で力不足の仲間を守るには不向きだ。
「相手が全員、“できるヤツ”、だったらどうしてた?」
メイベルの連なる質問には、リョウはクイっと天井を親指で指す。
そこには通気口が付いており、なるほど。リョウひとりならばここから瞬時にエスケイプできるだろう。
「じゃあ、天井も壁もなくって見通しのいい場所で、相手がかなりの使い手の集団で走って詰めるには間合いが開きすぎていたら?」
「おいおい。俺も手品師じゃないんだぜ? それは“両手両足が縛られた状態で海に落とされたらどうする”と同じだろ。その前提になった段階でどうしようもないだろ」
「アニさんなら、それでもなんとかしそうだけどね」
「ん? まあ……それなら溺れる前に歯で縛ってるのを切るか、関節を外して手首を抜くか……おっと」
会話の途中、リョウが唐突に通路の逆側に倒れた男たちの持っていた銃を投げつけた。
視線を振ると、そこには顔面に大きなこぶを作り、昏倒している別の船員がいる。
「……ねえ、早く先に行こうよ。俺とイアンさんは……待ちになるからさ。戦闘術講座は帰ってからやってよ」
「悪い悪い。目的地は……この階段の下だな」
貨物室へ向かうまでに、メイベルの中ではまた、このリョウという兄貴分が略奪行為を容認するとは思えず、自分の質問に答える姿に、その訝しい疑問は重さを増していた。
そして、全てはこの貨物室にあったのだ。




