【ジャバウォック】
鋼鉄の巨人。
陳腐なほどに、他に呼びようもない威容。
青虫と形容される無限軌道を下半身に備えた鉄人。
――三機のマシンがひとつになり、大地を揺すった。
キジの黒い亀をした三号機を軸に、メアリの竜とガガの虎が左右の腕となる。
三人の機体は組みあがる順によって形態と能力を変える。
キジの三号機、亀の担いでいた無限軌道を下半身として、甲羅を開いた胴体に残る二台が腕となる。
どの機体が主となり、パイロットとなるかによって変転するマシン。それがガガたちの機体であり、単純な馬力ならば三形態最強である――
相対するように、雄叫びなのか悲鳴なのか、それとも声ですらないのか。
迎撃なのか、気付いてすらいないのか。
スケルツォの作り出した、名もなき“傑作”の甲殻めいた身体を中心に広がった衝撃は市街地を流れる波紋のようになぎ倒し、キジたちの機体も巻き込まれた
しかしながら、衝撃波はキジたちの機体の前にある見えない壁に阻まれるように避けて通った。
重力子制御による空間遮断。
条件は限定されるが突き出した赤い右掌を中心に物理的な威力を打ち消す。
廃墟と化した市街地を突き抜けるのは、アスファルトをまき散らしす鋼鉄の青虫的大爆走である。
“傑作”が身体をのけぞらせた。
規格外の巨体は、それだけで山颪のような突風が吹き、大気中の水分が電位差によって液体になり、ちょうどキジたちの機体に冷や汗のように滴り落ちる。
これは攻撃ですらない。
“傑作”の周囲の空間が歪む。光をも遮断する槍のような闇。
同じく重力子操作により生み出した時空間そのものを破断させた溝、螺旋空。
同一の現象は幾度も見たことがあるが、これほどの規模、しかも雨粒のような数を出現は、ありうるわけがなかった。
重力による攻防では、通常の物理法則と同じようにエネルギー量の多い方が勝る。
すなわち、空間遮断を以てしても防ぐことはできない致死の槍が、雨粒のように降り注ぐ――そのタイミングで、キジの機体が弾けた。
元の亀、竜、虎へと分離した。
間髪置かず、今度はガガの虎を中心に組みあがり、亀の巨体が両腕、無限軌道が背面へと装着、竜の翼を足として下半身を構成する。
刹那、黒い槍が街を貫通し、渓谷めいた大穴が連なっていく。
一瞬早く、ガガの機体は正に虎を思わせる俊敏さと力強さで、全身を駆動させて穴だらけになった大地を走り抜ける。
一滴で跡形もなくなる致死の黒雨の中、一歩も下がることなく、まるで次にどこに振ってくるのかを知っているかのように。
それはここまでの戦いでガガの培った技術、そして生来の彼自身のとある才能によるものだった。
この機体は三人の搭乗員を必要とする。
世界の中で、いや、全ての世界の中で、ガガが最も適していると判断された二号機のパイロットシート。
運命の機体。
自分が全ての世界から求められ、空気よりも水よりも必要な存在であることを知らされた。
その中で、自分にとっても必要なものを見出した。
戦いの運命に導かれ、そこから紡いできた苦楽の中で、築いた絆。
いくつもの世界を渡り歩き、多くの世界を救ってきた。
そして、その中で何度も三人は――いや、メアリは――竜の機体の力、“ジャバウォック”を使ってきた。
その度、ジャバウォックは最強の力として発現し続けてきた。
今一度伝えよう。
牙々御攻也は主人公ではない。
三人の操る機械神は三体のマシンがひとつになり、それぞれにパイロットとなることで異なる力を発揮する可変式最終兵器。
他に手はない。ジャバウォック以外に“傑作”を倒す手段はない。
それが運命だった。キジの、ガガの、そしてメアリの。
だが、ガガには、その運命だけは受け入れることはできなかった。
「ダメだ! メアリ! 今度ジャバウォックを使ったら、お前は……!」
〔……うん。そうだと思う〕
「このまま俺の二号機でなんとかする! ジャバウォックは……! ジャバウォックだけは……!」
〔ガガさん、僕も気持ちは同じです……けど、コイツは……!〕
「無理でもやるんだよ! 次にジャバウォックに合体したら、メアリは、メアリはあ………!」
キジの幼い正論に、ガガは大人げないまでの嗚咽で返す。
いつもそうだ。キジは正しい。ガガの方がワガママを言う。
やはり、いつも通り、メアリがふたりの会話をまとめるのだ。
〔……ミコ、私、嬉しいんだ。ミコが育った世界が見れて……〕
「うるせえ! こんな世界なんて良いんだよ! 俺たちには……俺には、お前が必要なんだ、メアリっ」
〔いくつもある平行世界の中で最後がミコの産まれた世界……決めたから。私、ここを守るって決めたから〕
「でも、でもぉ……!」
決めたら引かない女なのは、ガガが一番知っている。
そんなところに惚れたのだから。
強すぎる彼女に惹かれた。強すぎるからこそ自分が守ってやらなければならないと思った。
世界を守る彼女のことを守れるのは自分だけだと思っていた。
その記憶が、思い出が、無線機から伝わる彼女の声の現実と重なり、牙々御に拒否する選択肢を刎ねた。
〔行くよ。ミコ! キジ!〕
三度、弾けるように分離した三体のメカはひとつの機体となるべく一点を目指す。
黒亀、白虎、そして赤竜。
〔三号機、異常なしです〕
「二号機、同じく……だ……」
〔一号機、異常なし! 合体!〕
巨大な赤い翼を引きずりながら、廃墟となった大都市へと着地する。
あくまで合体する方法を変えただけであり、前の形態で消耗したエネルギーはそのまま減ったままであり、万全とは程遠い。
装甲には亀裂が走り、流出したエネルギーがスパークしている。
合体の衝撃でいくつかの関節のロックが破損したことをアラームが伝える、左腕は上がらない。
――それでもなお、その姿は美しかった。
竜の影を背負うような壮麗な姿は、神という語彙を想起させる。
〔「戦闘開始ッッ! 飛・牙・戦・魂ッ!〕
――……完成した機体により、“傑作”は倒された。圧倒的なまでのジャバウォックの力によって。
この戦いの後、メアリはジャバウォックの代償を支払い、ガガは絶望し、ふたりは機体から降りた。
三号機のキジだけが残り、新たな仲間を探し、そして次なる世界へと戦いを求めるように旅立つ。
この物語の主人公は、ガガでもメアリでもキジでもない。
この物語は無限連なる平行宇宙の中で、最強たる力を持つ炎の眼を持つ竜神と、その竜神によって運命を突き付けられた人々の物語である。