【截拳道、神を穿つ。】
《ヴゥェェェェェィイイイルホフォホォォ……ヲヲヲヲヲッッ!》
〔さて、截拳道の達人さんよ。初手は――〕
「来るぞ!」
異形の外法神は、歪んだ頭部を振りかぶり、ぐるんぐるんと転がって戦虎拳牙との間合いを詰めた。
それは、言語化するならただのでんぐり返しだが、超高速で圧倒的質量が繰り出すならば、それは必殺技といえるだろう。
そして詰めた間合いで、牙の付いた触手を大きく振るう。足首を打ち砕き、引き裂くために!
――もし、戦虎拳牙が跳躍せず、その場にいれば、の話だが。
〔なるほど。格闘定石にはない攻撃だが……」
〔はっはァ! リョウ! やっちまえ!〕
一号機と三号機の音声に共通しているのは、迫撃戦でリョウが対応できないわけがない、という信頼と確信だった。
それを証左するように外法神の前転突撃に合わせ、ステップを踏むように戦虎拳牙はよどみなく上空へジャンプしている。
上を取った戦虎拳牙は、重量と膂力を込め、外法神の背中を踏みつけた。上空からの垂直落下ドロップキック。ストンピングだ。
豚の断末魔のような、金属がこすれるような絶叫が外法神から漏れるが、コクピット内のリョウはそのまま外法神の両足首を脇に抱え、腰を落とす。
「転がって移動するような……足は貰うぞ」
取った両足を両脇でギリギリと締め付ける。プロレスでいうところの逆エビ固め。
プロレスではスリーカウントやギブアップで終わる技だが、これは殺し合いだとリョウが息を吐いて一層深く腰を落としたとき、外法神の膝から下が捩じ切れた。
ちぎれた衝撃に外法神は毛虫やナメクジのような動きで、その両者とは異なる猛烈なスピードを胴体の動きだけで実現し、戦虎拳牙の下から這い出て距離を置く。、
《ヴィイイイイイイイ、ヴぃ、ヴヴヴヴヴぅぅぅーーーンンッッ!》
跳ね回るように両腕で空間を叩くと、周囲に亀裂が走る。空にヒビが浮き、それが徐々に広がっていく。
「なに、アレ!?」
〔間空喰だ。空間に干渉して次元を破壊している。外法神のよくやる攻撃だ。ここからが本番だぞ、お嬢さん方!〕
三号機乗りの機械音声の意味を考えるより早く、外法神は空間の亀裂に両腕の口から生えた触手を押し込んでいる。
そして、コクピットの中のリョウの左腕がガクンと後ろに引かれた。
リョウが動けば機体も動く。そして機体が何かに引っ張られればリョウも引っ張られる。
空間の裂け目が、戦虎拳牙の背後にも現れ、そこから伸びた触手が戦虎拳牙の片腕を縛っていたのだ。
「これ、動けなくなっちゃったんじゃないですか!?」
「ああ、そのようだな」
イアンの狼狽に、リョウはどこ吹く風。
大きく息を吐いたが、それが焦りによるものではなく、奥義のための準備であることをメイベルは知っている。
――寸勁の、構えだ。
〔あのさぁ。レーダーで今の攻撃はコンマ三秒前にはわかってたんだ。リョウなら五回は避けられる時間があったワケよ〕
〔確かに動きは封じられたようだな。だが――〕
「外法神の方がな!」
触手を左腕に巻きつけたまま、戦虎拳牙の右正拳は空間のヒビへと放たれた
亀裂の入った空間を貫いて、向こう側にいる外法神の背中が戦虎拳牙の拳の形に盛り上がった。
空間がねじれ、空間の亀裂がそのまま外法神の体内に繋がっているのだ。
今の一撃は紛れもなく寸勁。通常なら破壊力によって後方に吹き飛ぶが、体内で炸裂しては逃げ場はない。
――この機体は、搭乗者の“気”まで増幅、伝達している!
《げ、ゲヒぃいい……》
「まだまだ」
寸勁のストレートから肘を押し込み、体重の乗ったエルボーバット。
そして掌底のバースティングで距離を作り、重ねてモンゴリアンチョップ、からの下ろした腕でアッパーカット、そして返す刃の鉄槌、裏拳。
一呼吸で右腕で繋がるだけ拳を繰り出し、その都度、外法神の肉体が内部から粘土細工のように曲がっていく。
衝撃によって触手がちぎれ、戦虎拳牙の左腕が解放されれば、それで終わるわけがない。
両腕でのコンビネーション、ワンツージャブからもうひとつワンツー、その次もワンツー。両手が連動して、外法神の身体を内側から風船のように膨らませていく。
左右の拳が、滑車でも付いているように連動し、無数の連打へと繋がる。
いつの間にか、それはボクシングのテンポを取るためのワンツーではなく、気と全身のバネを駆使した拳法の連打になっていた。
拳士の拳は、呼吸を吸うか吐くかによって質が変わるというが、リョウはあえて呼吸と連打のタイミングをズラすことで、一発ずつのパンチの質を変えていた。
一発ごとの威力にムラは出るが、これを見切ることも防ぐことも不可能。この世界で生きていた全ての生命へ一発ずつ捧げるような、入魂の連打だ。
「……せいッ!」
空間の穴から両腕を引き抜き、リョウが残心を見せたとき、外法神の身体に亀裂が走り、そのまま割れた。
ガラスのように透けていき、空気にとけるように破片も残さず、衝撃と閃光だけを残して。