【白。赤と黒。】
両の腕が吠えた。左右の口がそれぞれ人間の男と女の声で人間のものとは思えないほどの金切り声を上げる。
悲鳴めいた雄叫び、絶叫。
その声が途切れるのを待つことすらなく、ブージャムが跳ぶ。
「勝てるの!?」
「戦虎だけじゃ無理だな、だが……!」
影もなく超速で飛来した猛烈な衝撃によって外法神の巨体が揺らいだ。
それは鏡海の光の波を裂いて外法神の胴体にめりこんでいる。
外法神は弾くようにして吹き飛ばされ、鏡海に空いた黒へと落ちている。
そして、飛来したその物体は、反動で戦虎の隣にやってきてからも、数秒間グルグルと回っていたが、その回転が弱くなるにつれ、メイベルはその姿を推察した。
戦虎が鋼鉄の白虎とするならば、それは紛れもなく鋼鉄の黒い亀。亀甲は生物由来の丸みはなく鋭利な六角形、その背中には無限軌道なんかを背負っている。
奇怪な機械。鋼鉄の動物だった。
〔……無事か、リョウ?〕
無線機越しの声。
メイベルやイアンは似たような魔術を見たことが有ったので大した驚いたそぶりも無かったが、その声の奇怪さというか、機械さに違和感を持った。
男とか女とかそういうことではなく、妙にかすれているというか、機械音のような声だったのだ。
だが、その声を聞いたその瞬間、リョウがひとつ息を吐いた。
外法神の気配を見つけてからずっと止めていた息をやっとした。そんな呼吸だった。
「――心配ない。俺は不死身だからな」
〔誰がお前の心配なんてするかよ。機体のことだろォが。お前が死のうが生きようが代わりがいるが、二号機は一台しかねえんだ〕
「そういう意味かよ? 戦虎も俺が乗ってりゃ不死身だよ。それよりダイナ。お前の鋼攻破、効いてないぞ」
〔うるせえ。俺も三号機も、お前と違って戦闘要員じゃねえんだよ」
「ま、俺の弾甲猫嵐も効かなかったしな。それよりお姫さまはどこよ? もう“アレ”しかないぞ」
〔もう来る……来た〕
それもまた、超光速で現れた。
赤。数多の世界からの光を受け、その赤は全ての美しさを内包するように途方もなく輝いていたが、それでも紛れもない赤だった。
果てしなく深い、全ての赤の頂点となる赤、深紅。
その色は、かつてメイベルが鏡の中に見た鉄の巨人の上半身と全く同じ色。そうだ。この色だった。あの鉄巨人には翼があった。そうだ。この翼だ。
鳥でもない、蛇でもない。竜だ。大きな翼と一組のカギヅメを持つ、深紅の鋼鉄竜。それこそが、それこそが、メイベルの運命を決定づける存在であった。
〔……二号機、三号機……キサマたち……なにを戯れている……?〕
メイベルとイアンの聞いたその声は、燃えていた。
通信機を通しているが、全く変質しているとは思えない。声だけで異世界を感じさせる炎のような声。
男とも女とも判別できないが、異なる次元から響く音楽のような。他の全ての声が二次元とするなら三次元、四次元の声。立体感が違う。
そこでイアンは、“なぜ三号機の声は電子音のようなのか”と疑問を持ったが、メイベルは単純に、状況も無視してその声に聞きほれ、リョウは聞きなれた声と普通に会話をしていた。
「悪いな。お姫さん。そっちから来てくれ助かった。“予知”か?」
〔ああ。だが……何度も言わせるな。予知をアテにするな。もし私たちが間に合わなければ、二号機は失われていたんだぞ〕
「待ってる間に、世界が食いつくされちまうだろ。今だってかなり黒いからな」
仲間の救援も呼ばず、見ず知らずの世界への救援に向かった。命懸けで。
なるほど。メイベルは自分が兄貴分と慕う人間が、自分と同じ人種であると、ふと再認識した。
メイベルはワイバーンに襲われたときに身体が動いたが、そういうものなのだ。理屈じゃない。
〔世界ひとつよりもその機体は貴重だとなんど言わせる気だ。その機体は……〕
「ちょっとあんた! なに言ってんのよ! 横から来て! アニさんが人を助けようとしたこと、悪いかもしれないけど仕方ないじゃん!」
〔アア? 今の女の声だよな? オイオイ。リョウ。またなんか拾ったのかァ?〕
「うちの海賊団に新しく入る俺の妹分のメイベルだ。よろしくな」
〔よろしくなァ。俺は三号機の亀さん担当、D・ナ・チェシャ。ダイナって呼んでくれ。この戦いで死ななければ、末永くよろしく〕
機械音声風が名乗る。先に現れた亀の方が三号機、この軽い声の方の機体か。
ということは、やはり燃えるような声の方が一号機、深紅の竜ということになる。
〔二号機……キサマ……〕
「わかったって。今は合体するぞ。ミサストもシェルも効かなかった。合体しないとパワーがちょっと足りそうにない」
〔形態は? パワー勝負なら俺の拳魂飛虎……それとも、一気にジャバウォックで行くか?〕
「俺がやるさ。ジャバウォックはできるだけ使いたくないし、戦闘要員でもないダイナにも任せないさ」
〔はっはー! 良いぜ、譲ってやる! 行けよ体力バカ!」
〔……二号機の案を採用する〕
「オーケー。それでは……後ろのおふたりさん! マジでしっかり掴まってろよ!」
リョウはふたりに伝えると、手早く呪文でも唱えるように、踊るように、レバーやスイッチを操作していく。
そして、さっきまで一度も使っていなかった、右側にあった仰々しいまでに大きなスロットルレバーを握りしめ、そしてマイク越しの息遣いで残るふたりも同じく準備を終えたことを確信し、そのスロットルを思いっきり倒し、叫んだ。
〔一号機、飛牙、異常なし〕
〔三号機、拳魂、異常なしだ!〕
「二号機、戦虎も同じく……行くぞぉおお! 合体だぁああああーーー!」
リョウの絶叫と共に、三機の影が重なる。
そして、機体はその姿を変えながら黒い穴へ……外法神の待つ世界へと落下を始めていた。
変形、そして合体をしながら、敵への突撃を始めていた!