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【外なる法の神。】

 戦虎ウォーラが鏡海を駆ける。

 光と光をすり抜け、距離感の存在しない光の奔流の中、見間違うわけのない“黒”の一点に向けて。


「なんなんですか!? なんですか!」

「舌を噛むぞ魔王! 黙っていろ!」

「いや、で、だっ!」


 コクピット内における緊張の濃度が、戦虎ウォーラが走る度に上がっていく。

 ほんの数秒。静寂の中で駆動の振動だけが、時間を刻んでいるようだった。

 黒い点がどんどん目前に迫り、そして、戦虎ウォーラはそこへと飛び込む――その瞬間だった。

 世界に飛び込む一瞬。光溢れる鏡海には不似合いの、無数の跳ねる(つた)のような肉の鞭が踊り、戦虎ウォーラを打ち据えようと殺到する。

 辛うじてだった。その触手がモニターの端に映った瞬間、ギアを旋転させて逆噴射を入れ、リョウは攻撃を回避していた。


《ヌァァアアア……ィノオオオォオオ、フィィイイイルルルォオオオオッッ!》


 遠吠えとも歯車の軋む音とも、廃墟をすり抜ける寒風とも取れない音が、戦虎の中の三人にハッキリと聞こえた。

 鏡海に大気はない。光伝道体エーテルが満ちているが物理的な干渉力はなく、ほぼ真空である。

 だが、その声は空間そのものへ四次元的に干渉し、精神を直接振動させる。精神力の弱い人間ならばそれだけで発狂しかねないほどの不愉快で冒涜的な震動。

 リョウは攻撃ですらない生理現象ごときに精神崩壊なんてするわけがない。

 メイベルの精神は、これだけ頼れる兄貴分がいて発狂なんてするはずがない。

 イアンは顔中を涙と脂汗で濡らして嘔吐したが、辛うじて耐え、悲鳴のような言葉を吐きだした。


「に、逃げられるんですか!?」

「逃がすかよ。俺たちはアイツらを探して世界を旅しているんだ! ここで始末する!」


 イアンの嘆願めいた質問を、“敵に逃げられてしまうんじゃないか”と聞き間違う程度には、リョウの戦意は高揚していた。

 この肉の触手の本体であるバケモノと戦う? 正気じゃないとイアンは思ったが、それを言葉にする体力はなかった。

 目がくらみそうな鏡海の中でも、リョウの滾る瞳は、黒い標的の影無き影を捉えていた。


弾甲(ミサイル)ッ!猫嵐(ストォォオオオーム)ッッ!」


 先ほどイアンの作ったゴーレムを粉砕したミサイルが、再び戦虎(ウォーラ)の両足のミサイルポッドから繰り出され、瞬時に爆風と爆発へと姿を変える。

 衝撃が鏡海の中のエーテルを震わせるが、リョウはその爆発の仕方から手応えを見出せずにいた。

 そして、メイベルはそのことをリョウの小さな舌打ちから読み取っていた。


「効いてないの!?」

「防御されて効かないよりもマズいな」


 突然の衝撃に機体が揺れた。リョウすらも反応できないほどに。

 メイベルが衝撃の方向を映すカメラに視線を向けるより早くリョウがハンドルを切り、スイッチを入れてその衝撃の発生源から距離をおく。

 しかしながら、それを察知していたように、“それ”が跳んできた。

 そこにきて、モニターに移るその姿を三人は視認した。


「きゃぁあああああああああ!?」


 コクピットの中に響いたイアンの声が、逆にメイベルを冷静にさせた。これが現実であるということを思い知らせた。

 ――リョウが知る限り、どの世界でも人間型の生物が支配者となることが多い。

 それは、魚類であるサメと哺乳類であるイルカ、鳥類であるカラスと哺乳類のコウモリ、爬虫類であるトリケラトプスと哺乳類であるサイが、似た機能を持つ現象=収斂しゅうれん進化によるとリョウの仲間の学者は語った。

 文明を築くためには、道具を扱う腕と、高い位置に目と脳を持つための二足歩行を習得するのが効率がよく、世界の支配者はそういった姿へと収斂するのだ。


 だが、“それ”は違った。

 明らかに自然を由来とせず、なんらかの悪意によって生命そのものを歪められて創り出された悪意の塊。


「アニさん、あなたは……“あれ”と戦っているの? この虎は……“あれ”と戦っているっていうの……!?」

「……そうだ。俺たち海賊船のメンバーは……考えこそ違えど、あれの撃滅のために船に乗っているんだ」

「そんな、まさか……!」

「逃げたければ逃げろ。お前も魔王もアリスだ。鏡を通ればどこの世界にでも行ける」

「でも、それ、それって……アニさんは……!」

「戦う。俺は……“あれ”を許すことはできん!」


 その巨体が人間を模しているのだろうが、そうだとすれば醜悪なパロディだ。

 腕は付いているが、手首が有るべきところには、昆虫や海生生物に見られる触手めいた口吻が伸び、その先端には乱杭歯の人間の口を備えている。

 では、口があるべき部位にはなにがあるかといえば、親指を左右に備えているような六本指の細長い腕が生えている。


「“あれ”は、無限の鏡海を崩壊させる者。無限の光を喰らい尽すほど無限の闇だ」


 外来者(スナーク)とは、魔王であったイアンに対して使った言葉だった。

 リョウは“あれ”を探していたのだ。その過程でメイベルの世界へ出向いていた。

 そのとき、リョウが語っていたもうひとつの呼称。戦虎ウォーラはそれに対する切り札であると語っていた存在。


「確か……アニさんは外法神(ブージャム)って……!」

「そうだ。俺たちはアレを探していた。真のスナークにして……俺たちスナーク狩りですら滅ぼされる、な!」


 命懸けの戦闘が続く中、

 だが、その戦場に向かっているふたつの機影があった。

 黒と赤。 戦虎ウォーラの白とは、どちらも対となる色だった。

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