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【鏡海へ。】

 メイベルが数ヶ月、彷徨うように旅をしていた道程、そして産まれてからずっと住んでいた世界。

 バハムートヤケルピー、様々な乗り物に乗ったが、その中でも戦虎ウォーラの速度は別格だった。

 思い出や懐かしさ感慨に浸る間もなく、大海原に到着していた。

 波打つ海辺、最も光を反射する一瞬を捉え、海面を鏡面にして戦虎ウォーラは空を走り抜け――その瞬間、周辺が白くなった。


 そこは、万華鏡だった。

 白く輝く世界、その中で宝石以上に宝石のように煌めく無数の星。

 光の中でも決して揺るがず、それぞれの色を確固として放ちながら、それでいて他の星の放つ色を反射もする。

 光に押されるようにしてそれぞれの位置が三次元に流転し、一瞬前とは全く違う位置にいる。

 三次元の、いや、四次元の万華鏡。

 見る角度、見る時間によって全く異なる絶景を描く、二度と同じ光景には巡り合えない輝き。


「キレイ……!」

「メイベル。夜の闇がなんで暗いか、知ってるか?」

「アニさん? 知らないって分かり切ってることにそういう言い方するの、一周して嫌味だわ」

「夜は太陽がないから、だな」

「――ひょっとして、嫌味じゃなくてバカにしてたの?」


 ダハハ、とリョウは行儀もなにもなく、無造作なまでに無作法に大笑いした。


「訊き方が悪かったな。夜にも小さな星は光ってるだろ。あれは遠くの恒星たいようなんだ。

 で、お前が見慣れてた宇宙よぞらが無限に広いなら、空は白いはずなんだ。

 無限の宇宙には無限の恒星たいようがあるはずで、無限の太陽から少しずつ光が届くことでな」

「意味がまっっったく、わからないけど?」

「数字はいくら割ってもゼロにはならないってことさ。例えば百の明るさを持つ星がある。それは千の距離が開くと明るさが半分の五〇になるとする。二千離れると?」

「二五?」

「で、三千離れれば、十二と半分だ……これ、いつかゼロになるか?」

「……んん? んん?」

「それが起きないってことは、宇宙よぞらには無限の恒星はないんだ。有限の宇宙ってわけだ」


 分かったような分からないような説明に、メイベルはひとつだけわかった表情と返事をした。

 別にバカにしているわけではないし、ただ効率のいい説明の仕方を知らないだけだとは思うが、自分が何もわからないと兄貴分に思われるのは癪だった。


「つまり、この鏡の中の世界が白いのはそういうことね。半分の半分が集まって少しずつ届いて、白いんだ!」

「正解。夜空の方の宇宙を、俺たちは限定宇宙と呼ぶ。そして……こっちの宇宙。無限の鏡の中の領域を、鏡海とか万華鏡回廊とか呼ぶ」

「じゃあ、これは全部、太陽なの? めっちゃアツい?」

「これも俺の言い方が悪かったな。これは太陽じゃない。世界だ。右側の……そう、そのモニター、お前ならわかるんじゃないか?」


 リョウの言うモニターには、万華鏡のような幾何学模様が絶えず変転し続けていた。

 だが、その中のひとつ、メイベルの瞳と同じ色の緑色の輝きに、メイベルは見覚えはなかった、何なのかは感覚で分かった。


「あれ、あたしの世界よね! さっきまで居た! あたしの家族がいる世界!」

「そう。それがわかるのがアリス能力のひとつだ。お前はどれだけ離れようと、馴染んだ宇宙の位置を把握できる。んで世界は光るんだ。なんでかは知らん。とにかく世界は光り輝いてる」

「そりゃ、光ってるでしょ。旅してて分かったじゃん。どこ行ってもキラキラしてたじゃん」

「うん? まあ、そうだな世界は光ってるもんだな」

「でしょ?」


 微妙に意図が伝わっていないような気もしたが、逆に伝わりすぎているような。

 訂正できることなのか、そもそも訂正すべきことなのかもフワフワとした状態で、リョウは説明を続けた。


「まあ、とにかく、世界がそれぞれ放っている光は、遥か彼方まで、どんなに弱くなっていったとしても……光はゼロになることはなく鏡海を照らし、この白い闇を形成している」

「じゃあ、どこまで行っても、あたしの世界は、あたしのことを照らしてくれてるんだ……!」

「そういうことだな。それが故郷、ってヤツらしいからな」


 “俺にはないけどな。”

 そう心の中でリョウが付け足したが、メイベルは世界の輝きに夢中で気付きはしなかった。

 ひとつひとつがどれほどに小さくても、無限に集まることで鏡海自体が全体が光り輝く。

 無限の広さを、無限の光源が照らすのだ。ひとつひとつに世界がある。歴史がある。それが輝いてるようだった。


「……すごい……! ねえ! 全部に、人が住んでいるの?」

「全部ではないんじゃないか? ひとつひとつが世界。全てに文明が有るわけじゃない。そもそも全てを確認できるわけではないからな。なにせ……」

「無限、だから」

「ああ。そういうことだ。未知が既知を常に上回る魔境。果てのないフロンティア。お前や……俺のような人種には退屈しない世界だ」


 メイベルの瞳が輝いていた。

 外の光を反射する鏡のようになって。そしてメイベルの希望を映すように。


「ねえアニさん。これだけ有れば、あたしが住んでいたのと全く同じ世界もあるの?」

「誰にも証明できない。あるかもしれないし、ないかもしれない」

「なら! そう、私と同じ私もいるの?」

「それは……」

「あれはなんですか……?」


 質問を遮ったのは、荷物と一緒にロープで結わえていた女の子……こいつ、誰だっけ?

 リョウとメイベルが互いに一瞬考えてから、そのローブと顔に刻まれた曲った魔術タトゥーで思い出した。

 あ、そうだった。魔王だ。魔王。捕まえてきてたんだった。


「おはよう。魔王の……えーっと、イアンだっけ。アニさんに殴られたところ大丈夫?」

「あ、はい大丈夫です。けど、あれは……なんですか?」


 モニターの端、周囲は絡み合う星座のように四次元の万華鏡が様々な模様を描いていたが、その一点、一点だけ、奇妙な変化が見受けられた。

 ――白い闇に、一点だけ、黒が差していた。

 そしてそれを見たとき、なぜ魔王が怯えているのか、メイベルも理解した。

 何か違う。底の見えない崖の下を眺めるような、得体のしれない恐怖がその黒を見ているだけで、メイベルの中に盛り上がっていた。

 これはアリスとしての能力であることは間違いない、あの“黒”に近付いてはいけないという本能。

 そしてその意味を、アリスではないはずのリョウが一番理解していた。


「ふたりとも。逃げるなら逃げろ。お前たちならメイベルの宇宙までなら飛べるはずだ」

「急に言われても分からないよ、アニさん。どうしたの?」

「逃げないなら……命懸けになる」


 リョウから、魔王ことイアンと相対したときにすらあった余裕めいた気楽さが、消えていた。

 喧嘩と呼んでいた戦いではない。メイベルは即座に理解した。それは喧嘩ではない。楽しくないと言っていた“殺し合い”が待っているのだ。

 

「無限が無限じゃなくなりつつある。世界が有限に落ちようとしている……俺たちの真の敵……外来者(スナーク)以上の脅威……外法神(ブージャム)!」 

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